大江戸評判娘
(三)
数日後、おろくと田助は忍が岡にいた。
おろくは、腰折れ島田の髷(髷の真ん中の元結で締める所がくぼんでいる髪型)を結って花簪を挿し、青海波(せいかいは)模様の入った小袖に柿色の綸子(りんず:滑らかで光沢がある絹織物。)の帯を吉弥結びにしていた。
すれ違う老若男女たちは、おろくの美しさに驚き、見とれていた。
田助は、誇らしかった。
そして、二人は寛永寺の山門、吉祥閣を通り過ぎた時、清水堂の山裾の桜と不忍池が目の前に広がった。
「桜もきれいだけど、おろくちゃんはもっと綺麗だ。」と、照れながら田助は言った。
半時ほど二人は歩いた。
「若旦那、ちょっと休みませんか。」と、おろくが疲れた顔で言った。
「疲れましたね。」と、田助も言った。
そして、二人は不忍池の畔にある水茶屋に入った。
「いらっしゃいませ。」と、その店の女は言って、おろくをまんじりともせずに見入った。
「あっ、すみません。」と言って、二人を勝手に奥座敷へ案内した。
こんな部屋に通されたことにおろくは、驚き困った。
仕事柄、このような場所に案内される人たちは目的が別なところにあることを知っていたが、ここまで来たら、今更、女にどうのこうのとは言えない。
田助は黙っているし、おろくは、早く帰ることばかり考えていた。
案内した女は、お茶を取りに出て行った。
それから二人は、しばらく黙って座っていた。
変な雰囲気に耐えられずに、
「このお店、きれいですね。」と、おろくは言った。
田助は胸の鼓動が高まって来た時、女がお茶を運んできて、二人の前に置いた。
そして、「何か御用があれば、呼んでください。」と言って出て行った。