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第14

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それに触発されて動き出したバリ自身の無意識が
豊かに統合されているのです。
 

  母からの逃走
 「ウェンディ版」の中でピーターパン自身が語って
聞かせる彼自身のおいたちはおよそ次のようなものです。
ピーターパンは生れた日に、両親が彼が大きくなったら
何になるか話しているのを聞いてケンジントン
公園に逃げ出し、妖精たちと暮らすようになったのです。
そして、「ぼくは何か月も何か月も、家をはなれて
くらしていたんだ。でも、とんで帰ってみると
なんと、窓は閉まっている。おかあさんはすっかり
ぼくのことを忘れてしまったんだ。そして、ぼくのベッドには
べつの小さい男の子が眠っているじゃないか。」
 ここにはピーターパン物語を動機付ける
3つの要素がそろっています。①成長の拒否
 ②母親からの逃走 ③母親からの追放です。

大人になりたくないという気持ちを子供が持つことは
分かります。いつまでも楽しく遊んでいたいのは
大人だってそういう気分になることがあります。
ですが、ここにはひとつの奇妙な反転があります。
一般に子供が成長への拒否を強く感じる場合
ピーターパンのように家庭から逃走するものでしょうか。
むしろ母と子の一体感を保証する家庭に留まり続けることが
いつまでも成長しない条件なのではないでしょうか。
そこで「ケンジントン版」を参照してみることにします。
すると、そこではピーターパンが飛んで行ったケンジントン
公園の「へびの池」にある「島」は「人間のひなどりが、ぜんぶ
生まれるところ」だと設定されているのです。
そしてピーターパンは、子供のままでいる存在なのではなく
生まれて7日目に「人間であることをやめた」
存在だとされているのです。つまりピーターパンの物語は
明確に胎内回帰の物語なのです。
ですからピーターパンは「逃走」したのではなく
「回帰」したのです。ですから「ピーターパン物語」を
大人と子供というニ項的な対立軸でだけ読んでしまっては
ならないのです。その「生」と「未生」の両義性を
体現するのがピーターパンなのです。

「ロック・アウト」の意味
ピーターパンが母親のところに戻ると
母親には別の子供がいて、自分は家に入ることができない
というエピソードはピーターパン物語の中核をなす
エピソードです。この原体験の重要さは
「ケンジントン版」がこのエピソードを中心内容としている
ことからも明白なのですが「ウェンディ版」では多くの
要素が隠蔽されいます。「ケンジントン版」では
家へ帰りたくなったピーターパンはひとたび母親の
眠るベッドの傍らへと戻ってきて、母親が寝言ながらに
自分の名を呼ぶのを聞くのです。母親との関係を確認した
ピーターは安心して、家に戻ってくることを決意します。
しかし公園の妖精たちに別れを告げに今一度公園に戻った
ピーターが再び家に戻ってみると、窓には
「鉄のかんぬき」がはまっていてピーターは中に入れず
母親が別の赤ん坊を抱いて眠っているのを見るのです。
この「鉄のかんぬき」の形象は悲痛な印象を与えます。
この「鉄のかんぬき」は夕方になると門を閉ざす
ケンジントン公園の鉄格子の正確な反復表象にも
なっていますから、いわばピーターパンは「外側」へと
「閉じ込められた」ことになります。しかしそこは
先にも見たように胎内という「内側」でもあるのです。
バリがこの決定的な追放劇の導入として、ピーターパンを
1度、母親の枕もとに送りこんだのは、ピーターパンに
付与された胎内と生の往還運動性を強調する
ためだったのでしょうか。いずれにせよ多くの評者が陥る
「もっと遊んでいたい」と思ったから母親から
処罰がくだったのだ、という暗黙の解釈は再検討されるべきです。
妖精にも別れを告げ、母親にも追放されたピーターパンは
この段階にいたってますます非在の性格を帯びるのです。


代理の遊戯
 ウェンディの原型にあたる人物が「ケンジントン版」
にいます。家へ帰りそこねて公園に閉じ込められた
メイミイという少女です。メイミイはピーターパンと交流を
持ちながら公園の一角に家を作ってもらうことになりますが
最後には母親の元へ帰っていくことになります。
しかしメイミイとウェンディを隔てる最大の特徴は
ウェンディにはネヴァーランドで暮らす子供たちの
「母親」代わりという使命があることです。
「ケンジントン版」から「ウェンディ版」への
物語の発展は、このテーマをめぐってのことでした。
 ここでもピーターには両義性が付き纏います。
ウェンディが代理の母親ならば、ピーターには
父親の役目が与えられます。けれどもピーターパンは
ウェンディのなかに目覚めた男女の性を拒否しようとします。
ピーターパンは男にはなれないのです。
 ピーターパンは、一方ではウェンディの家庭
ダーリング家に「影」を置き忘れるという
「無意識」の固着を示しながらも父親の拒絶を
海賊フックとの戦いに賭けるのです。
ダーリング家の父親像は海賊フックと非常に
似たところがあります。ふたりは
計算に明け暮れる資本の簒奪者なのであり
分身の関係にあると言ってもいいでしょう。
ここにも代理の関係がはたらいています


 この物語は著者が 自分の生い立ちを 

ピーターパンに 演じさせたものだ。

 俺の 人生に 近似している。

俺の場合は 演じさせたのではなく

 俺そのものを ここに綴った。

さて 腐った奴らには 俺は 付き合えないよ

  帰るよ ネバーランドに。



 

作品名:第14 作家名:万物斉同