篠原 砺波くんと飴
しゅいん、と、扉が開いて件の技術部副主任の岡田が顔を出した。つかつかと篠原に歩み寄ると、ごいんと拳骨を見舞った。
「この馬鹿者っっ。仕事を中途半端でほっぽり出して、遊んでいるとは、どういうことだっっ。」
凄まじい雷が落ちた。くくくくっ・・と、加藤は忍び笑いを漏らしている。庇うつもりはないらしい。
「運転手、うちの責任者を誑かさないでくれ。」
「ああ、すいません。つい、おもしろくて。」
「だいたい、こいつは、睡眠時間なんだよ。それなのに、横になりもせずに、橘に任せたはずの仕事をしてやがるっっ。」
さらに、もう一発だ。ぴぎっという、おかしな声が聞こえてくるが、さすがに砺波にだって、割って入る勇気はない。技術部門の副主任は、実質的には、そこの主任よりも上だったりするからだ。
「帰るぞ、篠原。もう寝ろ。」
「でも・・・あれ、もうすぐ終わるし・・・」
なぜ、篠原は、素直に頷かないんだろう。今度、そうするように勧めてやろう、と、砺波も太田も内心で思った。予想通り、ごちんと、さらに拳骨が入って、ずるずると引きずられていく。
「砺波。」
それを見送っていると、背後から上司が、ごく普通の顔で命じた。飴は、岡田が不在の時に、篠原に返せ、ということだ。
「それって、篠原主任が叱られてばかりで、可哀想だと思うわけですか? 大将でも。」
「いいや、バレたら医務室送りになって、余計に技術部の仕事が忙しくなるだろうから、親切心というやつさ。やっぱり、どこも急場拵えのメンバーだからな。運用が難しいのさ。」
初めて集められたメンバーを、うまく仕事のローテーションに組み込むのは、かなり難しいことだ。今度のメンバーは、そんな感じだから、篠原さんのような若い主任でなくても、纏めるのが大変だと聞いていた。だからこその岡田さんだとも聞いている。
「そういう意味なら、うちは楽ですよ。」
砺波たちは、ほぼ同期ばかりだし、さらに上司が、ワンマンなタイプだ。纏めるのは簡単だと思う。
「そうでもないぞ。おまえら、全員が纏まりすぎてて、専門がわかりにくい。」
「えっ? 」
「誰だって、得意分野があるんだよ。それに則した仕事をさせる方が効率が上がる。そういう意味では、おまえらも面倒だ。」
おまえも、それとなく見極めておけと、命じられて、なるほど、そういうこともあるわけか・・・と、感心した。
「じゃあ、篠原主任の得意分野ってのも、わかってるわけですか? 」
「篠原かぁ? ありゃ、おまえ、主任に座らせるために生まれてきたような奴だろ? もうちょっと落ち着いたら、統率力も備わって、手強い相手に育つさ。」
と、言われてみたものの、なんとなく腑に落ちなかった。なにせ、誰からも叱られているような頼りない人である。最年少というのも問題だった。もう、ひとりの最年少が、これまた、ものすごく白けた大人だったのも拍車をかけていたが、事実、事態は一転した。
でも、見た目には、やっぱり頼りない人で、怒鳴られてはいるのだけど。