はちみつ色の狼
15 escape from hell
だが、問題はどこから撃ってきているかだ。
この辺りは、高い建物の丁度切れ間にあたり、上から狙うのも簡単だといえる。
診療テントの前方からくるこの射撃痕が、それを物語っている。
その場合、後方から逃げを打つのが正直簡単な脱出方法であるが、
もしも射撃手がふたりであれば・・・?
後方で狙いをつけているかもしれない。
その状況がわからない今、逃げ場はないのだ。
そう、ただ一箇所・・。
ジャンは、視線を倉庫の奥に位置するダクトへと移す。
そこは、先日ジャンが肘を5針も縫う怪我をした鉄の金網に閉ざされたダクトがある。
その場所は地図にもチェックが入っていない場所であった。わざとではなく、印を付け忘れた場所だ。
あの補佐官とジャン以外には知る者はいないただ一箇所の場所である。
「・・・。」
「・・・。」
だんたんと近づいてくる銃声。
もう、時間はない。
逃げようと思えば逃げられるが、もし、相手が一人ではなく二人であれば?
前方からくる弾丸をよけて、後方のテントを持ち上げて逃げようとした瞬間に、狙われたとしたら。
間違いなく二人は死ぬ。
死んだあとは、演習の流れ弾に当たったような処理をすれば永遠に葬り去られる。
何事もなかったかのように。
多分この場所とこの日を選んだのは、この演習を利用しようとしたからであろう。
机の上にあった珈琲のカップが狙われたかのように飛んでいく。
チュンと言う甲高い音。先ほどとは少し音が変わったのは気のせいだろうか?
ダクトからジャン達がいるところまで数メートル・・。
運動馬鹿だと自称しているジャン一人だったら逃げられない距離ではない。
が、ジン・ソナーズは見た目からしてそれほど運動が得意そうではない。
本人に、確認したわけではないが・・・。
ちらりと確認したジンは、重たそうな制服に逆に着られている様な感じである。
だが、ジンはどこか一点を集中してみている。
顔は神妙な顔。
「・・・なんすか?」
今はそんな話をしているような状況ではないのは百も承知であるが、
ジャンは、その方向へと視線をやるとそこには、先ほど話題に上っていた消毒薬の瓶がある。
並々と揺れる液体が箱詰めにされて、机の下に所狭しと置かれている。
瓶と箱には、エタノールと張り紙がされている。
「エタノールって書いてありますけど、それって危険・・・ないっすよね?」
ただの消毒薬、怪我を消毒する為の液体とだけしかジャンの中に情報はない。
危険なことはさらさら。ただ今の状況の方がどう考えても危険と言える。
暑いのとは違う意味で流れ落ちる汗。
「・・第4類危険物に指定されているが、・・・どうかな。」
静かに呟かれるその言葉。
ジンは、しゃがみ込みながらも自分の着ていた制服をその消毒液の入った箱の上にふさりと落とすと同じく床に転がっていた水のペットボトルの蓋を取るとその中身を
制服の上へと振りかけた。
もう、銃声はそこまで近づいている。
狙いを済ますようにして、今は机から下へ下へと動きを見せる銃跡。
「走れますか?」
「死ぬ気でな。」
そういいながら頷くと、二人はジャンが指で示した方向へと走り出した。
/////////////////////////////////////////////////////////
//////////////////////////////////////////////
/////////////////////////////////////
倉庫の中は、思っていたよりもモノがあふれかえっていた。
以前、見たときは緑色やら黄色の怪しげな液体が零れ落ちていた床には所狭しとモノが置かれていて今は見る影もない。
だが、そのところどころに残る液体がすべりをよくしているのか、たまにつるっと滑りそうになるのを近くにあった箱や壁を支えに堪えながらジャンもジンも走った。
大きく感じていた倉庫は、そこまでは大きくなくすぐに行き止まりにあるダクトへとたどり着く。
未だにすぐ近くのテントでは、銃声が響き渡りその音はやはり着実にテントの端にいる筈の二人を狙い撃ちしているのは目に見えていた。
ダクトのすぐ傍に来たとき振り返ると、その銃弾が机のすぐ下のエタノールの箱の上部へと当たり鈍い音を立てている。
それを尻目にジャンはダクトの近くへ滑り込み、そのまま素手で金網を押し上げる。
以前に怪我をした場所はもうチェック済みで、自身の脇を駆使して今回は簡単に割合すばやく押し上げられた。
ジャンがそのまま内側へと入り込みそのまま開けっぴろげられた所に、ジンがすばやく身を滑らせる。
走りこんだ先にあるのは、大きな口をぽかんと開けた大きな穴とその手前にある羽根。
今日も、その羽根は停止しており簡単にそれを通ることができる。
工場が動いていた時には、こんな二人組が命からがら通るなんて誰も考えなかったであろう。
「くそっ・・・。」
思わず、悪態をついてしまう。
目の前は真っ暗でどこに自分がいるのかもわからないような闇の中。
自分の足元さえもままならない。
だが、二人はそんな暗闇で怪しいとしか思えない穴の中をはいずりまわると言う選択肢しかないのだ。
後ろから付いてきているだろうジンの姿は確認は出来ないが、背後にはその気配と独特な足音がひとつ聞こえてくる。
まあ、後ろを振り返ればダクトの外の外光が入り込み後方は見えないこともないだろうが、今はそれを見ているべき時ではない。
前に進むのみってか・・・。
ジャンは、いつものフラッシュライトをすばやく膝から取り出しつけるとダクトの羽を通り抜ける。
ジンはそれに続いていく。
昨日来た時に感じた狭さは今は、緊急事態のためかさほど感じることはない。
今は、何を隠そう急がなければ選択肢は、「死」の一つしかないのだ。
その通路の奥にあるダクトの中は真っ暗闇でその先にある筈の梯子の降り口なんてものは存在しないかのように視界からは消えている。
この小さなフラッシュライトの明かりがなければ、間違いなく梯子を降りると言うよりも、転がり落ちているだろう。
一度、手が梯子から離れると真っ逆さまに床にキスをするか、交通事故にでもあった殿様カエルのように床から剥がすのに苦労をしそうな死体になるのは目に見えている。
外に出て蜂の巣になるよりは、地下にもぐり敵を待つほうがいい。
地下道の先に何があるのかも調べていない今、もしかするとと言う方へ賭けてみるほか無いのかもしれない。
「・・・もう少しで、地下に降りるはし・・・・?!」
ジャンが、そう言いながらくるりと後ろを振り返るとそこにはジンが下を俯いてゆっくりと歩いているのが見えた。
が、それと同時にその後方で何かが爆ぜたのが見え、思わず言葉が途切れてしまう。
目を凝らしてみてみると少し遠くにある筈の二人が入ってきたダクトの出入り口付近に赤い光がうごめいているのが見える。
なんだ、あれ・・・。
まるで爆ぜた炎の塊が場所を探して蠢いているかのような妙な動きを見せている。
「・・・?なんだよ?」