はちみつ色の狼
「大祭もあるし、俺もこっちに仕事の予定があったので一緒に飲もうと言うことになって。なあ、ジャン。」
「・・ああ、そうだった。」
「ジャンは、こっちではどんな感じですか?こいつたまに人見知りとかひどいから。」
ジンは、親しげな感じを装いつつ、ジャンに横から抱き付いて彼女の方へと微笑みかける。
なんだか本当に長年の友人のような錯覚を起こさせそうなのだが、大佐と言う身分もあり、こう言う仕事もこなしているのではないかと思う反面、
少し引っ付いた背中に体温を感じて、緊張する。これが、もしも胸の大きな美人であればなおさら良かったのにと独り言のように思うが、ジンの
袖口から出ているその白い腕が、ジャンのそれと触れる毎にその緊張が増えていく。
「・・?・・????」
「ジャン?」
「なんでもないよ。」
「へんな奴だな。」
そう言いながら、ジャンのおでこをぐりぐりとするジン。
「で、ジンくんは何歳なの?ジャンも同い年くらいかしら?」
その質問、待ってましたとばかりにジャンは気持ち身を乗り出して聞く。
ジンはと言うと少し笑いながら、逆にサラに質問で返す。
「何歳にみえますか?」
「27くらい?」
「あはは、ありがとうございます。」
「俺は、ジャンの何倍も生きてますよ!」
何倍???
「・・・ええ!!!!若作り?」
「34ですからね。」
「!!!見えないわ!」
「!!!!!!」
え〜〜!!!見えないよって、せいぜい28だと思ってた!!と心の中で叫ぶジャンと驚きでいっぱいのドイルとサラの顔を不思議そうな顔で見ながら、苦笑を浮かべるジン。
一瞬の沈黙にジンは少し居心地の悪さを感じたのか、自分から話しかける。
「この驚いたのは、いい驚きですか?それとも悪いほう?」
「良いほうに、決まってるわよ!全然34・・?には見えないわ!おばさんって言っても近い年だけど、24,5に見えたもの!!」
言葉に詰まっていたサラも口を開けると、驚き混じりだが素直な感想を述べていく。
何も喋らないが、ドイルもそのサラの答えに賛同しているかのように顔を縦に振っている。
ただその場で固まっているのはジャン一人。
「・・・・なんだよ?ジャンも驚いてるわけ?」
「・・・ああ。」
「変な奴だな、お前は知ってるだろ?同期とは言え年上だってことは言ってただろ。」
ジンの設定だと知ってて当たり前なのであろうが、今日の昼に出会って5時間ほどしか一緒にいない人間にこの与太話に合わせろと言うほうがむずかしい。
それに、その顔で34才は卑怯だ・・・。
その後は、まだまだサラからの質問の応酬は続き、ドイルもジャンもそれを聞きながらビールを飲み干していく。
ジンはと言うと、サラに次から次に出された傘のついたカクテルをガバガバと調子に乗って口元に次から次へと運んで行く。
店内の客が入れ替わり客数も少なくなり、店の中の曲が静かなバラードへと変わ頃にはジンは出来上がり、カウンターの上に突っ伏してしまっていた。
「・・・美人だね、」
「・・・。」
「かのじょ〜。」
「・・・・。」
何を喋りかけても反応のない彼を女性だと思って持ち帰ろうとする客や、男だと知りつつも触ってこようとする馬鹿な客達に眼光を鋭く睨みを利かせつつ隣でドイルと話をするジャン。
まぁ持ち帰られたら困るのは、本人だけなのであろうが、いかんせん何処までいってもこの人は上司・・。
サラはというと、いつの間にか店の奥のほうへと引っ込んでいた。ドイルは店のカウンターを拭いたり、掃除をしたりと後片付けに余念がない。
壁の時計を見るともう、3時を回ったところである。店の客のほとんどがはけ、数人の客は殆どが顔見知りの中年男性と仕事帰りの労働者だけである。
「・・・やばっ、明日朝早いんだっけ・・、」
思わず尻つぼみに小さくなる声。
隣の席で眠りこけているジンを起こしてはいけないと言う心尽くしでその自分の行動に少し苦笑いを浮かべるが、すぐに現実に引き戻される。
こいつは男で、なにが悲しくて男を担いで自分の部屋まで帰らにゃならんのだ・・。
別に大きな声で喋って起こしても、罰はあたらん。
いや、起きて貰った方が逆にありがたい。
グラスに残っていた最後のビールを胃に流し込み、そのグラスを置いた手をジンの肩へと向かわせる。
「・・・・・。」
ジンの寝顔に視線が移る。
カウンターへと突っ伏した頬は柔らかそうで長い睫が目蓋に、ぷっくりとした上唇が小さな寝息と共にゆっくりと動く。
頬は、カクテルを飲みすぎたせいか、桜色に上気し色白の肌をほんのりと彩っている。
それにより、起きていても34とは思えないほどの童顔がもっと童顔に見えてしまう。
罪もなさそうな子供のような寝顔。
これが天使と言わずして何と言うのか?
この天使を起こせる人間がこの世の中にいるのであろうか?
恐らくはいっぱい”いる”であろう、我が友ルイスもその中の一人だ。
が、・・・ジャンは起こせない人間の一人であるようでその目の前で眉間に皺を寄せて渋い顔を作っている。
「・・おこせねぇっ・・・!」
思わずうな垂れるジャン。
ジンの肩へと置きかけた手を自分の頭へと持って行き、ぼりぼりと掻く。
肩をポンポンと叩く感触。
視線を上げるとそこにはドイルが立っていた。一部始終を見ていたのか、うんうんと頷いている。
ドイルもまた起こせないであろう人間の一人なのであろう。
二人は、数分どうしようもないとうな垂れながらも考え抜くが、答えはもう決まっていたも同然である。
ただ、起こさないように負ぶって連れ帰る。
なんだって俺がこんな役回りなんだよ、今日の俺は散々働いたのに割にあわんと言うかなんと言うか・・。
ルイスのせいで砂っぽい仕事して、あんな意味のわからん死体を発見して、危機一髪の事故にあって・・、
この大佐は、寝てるし!!!おきろ、このくそ大佐!!!
口の中がすっぱくなりそうなくらいに文句は噴出するが、文句は唇から漏れ出すことは無く、それが漏れたところで家には着かない。
ジャンは、しょうがなく自分の膝を床についてドイルにジンを背中に乗せるように頼むことにした。
ドイルに背後から持ち上げられたジンはまるで借りてきた猫のようにおとなしく、されるがままにジャンの背中へと乗せられる。
背中で寝息を立てるジンの体重は思ったよりも軽く、これはらくらく帰れそうだなっとすこしだけジャンを喜ばせるのだがよく考えてみれば本人が起きていれば、自分の足で歩くだろうがと瞬く間に顔を曇らせる。
一人で百面相をするジャンに、大丈夫か?と首を捻るドイル。ジャンも、大丈夫と呟くと、よいっしょと言う掛け声と共にその場に立ち上がる。
「帰りますわ・・・、」
「気をつけてな〜、また来いよ。」
「は〜い、エミリーによろしくって言っといて・・、ほんと。」
「わかってるよ。」
店の扉を出ると昼間とはうって変わって冷たい空気が流れていた。
それは多分、今夜の大祭も終わり人気がいないのと同時に、この自分の置かれた境遇のせいなのだろうか?
歩みを進めるジャンの肩口からは、すぅすぅとかわいらしい吐息に、さらさらの黒髪からからは金木犀のようないい香り。