はちみつ色の狼
8 Night of Shirubeus.
「会議も終わったことで解放ムード満点のところ悪いんですが、・・・なんで大佐のくせに一人旅して来てるんですか?
俺が思うに東部から西部っていったら、汽車で6時間は掛かる距離でしょ?」
車の後部座席に座っている自称大佐に話しかけてみる。
解放ムードは左記ほどであった時とは全く違う外見、袖口をめくり上げられたシャツにそこら当たりに放り投げられた靴。
6時間の内訳も、一度中部地区に戻り、東部地区行きの汽車に乗るしか方法はない。
車やバスなら西部から直接の道路が敷かれているので時間を3時間は短縮できるのであるが。
7時に終わった仕事のあと、エレノア大佐の命でジンを待って駅まで送迎するようにと指示され今の時間に至る。
おおよそ、3時間半待ちぼうけをさせられ少し怒り意気でもある。
なにせ今日は大祭であり、色々と予定もひしめき合っている、いや”いた”のだ。
若い新人兵士に送迎をさせるのであればわかるが、一応少尉の人間に送迎の任務をさせるのはなんだか不に落ちないでいるジャンがいる。
「別に勝手だろう?お前に関係のあることか?」
「・・・お言葉ですが、大佐。もしあんたが車で来られてたら俺は駅までお送りするという仕事はなく、部屋に帰って今日の大祭を大いに楽しめたんですよ。」
「それはすまなかったが、俺だって普通に帰りたかった。会議も長引いて何処かの誰かが探し当てた変な死体のせいで帰りそびれた。」
顔は無表情で、視線はずっと窓の外に広がる風景、憂いを帯びたような話し方。
だが、この散々待ちぼうけさせられた運転手にはなんの労いの言葉もない。
ただあるのは、不平。
運転席のミラーで顔を確認するがジーンは深く腰掛けているのか、
全く表情などは読み取れない。
それどころは、平気で人のシートの上に足までも持たせてくる始末だ。
さきほどの親近感はどこへやら、吹っ飛んでしまっている。
今は、ただこの子憎たらしい童顔の大佐をどう始末してやろうと考えることしか出来ない。
「大佐、・・・」
「駅に着いたらおこしてくれ。」
「あの・・・・」
「ありがとう、少尉。」
そのうち寝息までもが聞こえてきた。
ったく、使えないな
この静かな吐息が漏れ出す音に、車のラジオの音だけが室内に鳴り響く。
ジャンは、少しだけ音量を小さくして、サイドポケットに入っていた片手を使いタバコの箱から一本器用に出して口に含み、違う手とハンドルを交換して車に備え付けのライターで火をつける。
こほこほ
背中から聞こえてくる咳。
・・・・。
気まずそうに静かに窓を開けたばこからの煙を逃がす、後ろをチェックするが大佐が起きた様子は全くない。
大佐と言う職業は素晴らしく多忙なものだとは知っているが、東部地区もそうなのだろうか?
聞いたところによると、東部は一昔前から閉鎖されている特殊空間だと言うことだ。
西部や中部のように開拓地区独自の自由な雰囲気はなく、人種もかなり偏っていると。
この大佐のように色が白いとは知らなかったが、あの黒檀のように美しい黒髪はあちらの国独自のものだと一度、聞いたことがあった。
今日一緒に作業を行ったリードも同じく黒髪であったが、その黒髪とは比べ物にならないほど滑らかで女性がよく言う、
天使の輪なるものがそこには現れている。どんな手入れをしたらそんなになるのか?
一応若い盛りのついたジャンは考えるがこんな短髪でいつでもどこでも跳ね上がった髪の毛に天使の輪を施すのには無理があるのかもしれないと
静かに考えが落ち着く。
そういえば、閉鎖地区の平和を守るのも中々大変なことなのかもしれない。
閉鎖された空間にはやっぱりそこから出たいと願う人間もいるであろうし、なんとなく血も濃そう。
同じ血筋の人間が交配することによってあんな黒髪や透き通る肌を保持できるのかもしれないなと勝手に想像をする。
ジャンは独り言を考えながら、この特殊な場所で仕事をする大佐にお疲れ様と心の中で唱える。
そういえば、東部地区のことが今朝の新聞に書かれていた。
そんなに大きなニュースではないが、軍隊独自に発行されるニュースペーパーでは、大きく取り上げられていたので、覚えている。
確か、元東部の元老が中部地区の抗争に巻き込まれて死んだとか誘拐されたとか。
元老になって殺されたとしたら陰で悪いことをしていたに違いないとみんながそう
口走るが、もしかしたらその件でこの大佐は会議をしにここまでやってきたのかもしれない。
が、今日あった遺体騒ぎでお世話になったのも確かだ。
頭をぽりぽりと掻きながら赤信号で止まる。
赤や、黄色や緑の電飾が街のあちらこちらに飾り付けられ今日から始まる
シルベウス大祭の雰囲気を盛り上げている。街の飲食店は賑わい、もうすでに空を見上げる者が多々いる。
多分地元の者ではないのであろう。大祭の始まりは大きな雷のような音から始まり、
あたり一面金色にきらめいて、自分自身がその祭りの中心にいることに気が付くことを。
ただ、駅に近づいて行くに従って薄暗くなっていくのはなぜだろうか?
多分、こんな大祭の日に好き好んでこの地を離れようとする者はいないということなのだろうか。
信号が青へと変わり、車はゆっくりと滑り出す。
街の中心をとおり、大きな時計台の真正面にある中央駅のコンコースに到着する。
月の光に照らされた時計台が、駅の建物に影を落としていた。
たしか、
「・・・ジン・ソナーズ大佐?」
そう、この名前であった。
ジャンは、もう一度大きく息を吸い込みながら名前を呼ぶ。
「ジン・ソナーズ大佐。中央駅に到着しました。」
時間はすでに11時を回っていた。
先ほどの街中の電飾や賑わいが嘘のように駅構内は薄暗く静まり返っており、光が漏れている場所と言えば構内の待合室のみ。
中央駅から出る中部地区行きの電車ももう無いと思われるが、ここまでが任務。
そう、大佐を送り届ければ、任務完了で寮の部屋へと戻り、シャワーを浴びて大祭の場所か酒場に飲みに行くこともできる。
もしも、汽車がないと言うのであれば、自身の大佐の特権でペントハウスを借りることぐらい今の時間ならできるであろう。
先ほどまで脱ぎ散らかされた靴を履きなおし、ありがとうと小さく会釈をして車の外へと出て行くジン、それを見送るジャン。
憂いを帯びた顔でジンは静かに駅前のベンチに座り込むのが見えた。
コンコースを走り去り、さきほどと同じように時計台を通り越し街の中に入っていこうとするが、バックミラー越しに
ジンがまだベンチに座りながら上を向いているのが目に入る。
大祭と酒場が頭にちらつくが、さすがに寝ぼけ眼の男を駅前のベンチに一人放り出しておくわけにも行かず、
ジャンは、もう一度時計台の前の道を通りコンコースへと入り、ジンの座っているベンチの目の前に車を止め、窓を開ける。
相変わらず、空をぼーと眺める目の前の男に、唖然となりながらも失礼の無いように話しかける。
「・・・何をやってんです、大佐?」
「・・ああ少尉、汽車が9時までで終了したんだ。」
「はあ。」
それは、構内の電気状態をみれば人目で判るといえばわかるが、