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はちみつ色の狼

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1 honey wolf




夏には似つかわしくない冷たい夜風が、容赦なく顔に吹き付ける。
雨の降りそうな匂いと、虫の鳴き声。
体力を無くしたふらふらの身体を支える為に手にかけたフェンスは少し湿気を帯び、
多分それを触った手の匂い嗅げば湿った嫌な鉄の匂いがするのであろう。
今日見るすべてのものが、来るものを拒んでいるように思え梅雨のような陰気な雲は所々に、
にわか雨を降らせては行く先々で嫌な思いをさせる。
黄色というよりも、はちみつ色に近い薄いブロンドの短髪に薄汚れた顔、
形の良い唇はへの字に曲げられその持ち主は、重そうなエンジンブーツを履いた足を引きずるように街頭の少ない道を歩いていく。


「つかれた・・。」


この男、ジャン・シルバーマンは本人の予想以上に疲れていた。
ジャンは27歳独身、軍隊に所属しこの惚けた見た目とは裏腹にスナイパー銃を持たせれば右にはあと1名ばかししか右に出るものがいないほどの名手であり、
その銃撃隊の隊を束ねる隊長という役目を果たす男でもあった。
だが、実は今日の仕事はそんな軍隊の仕事とは関係のない、軍の仕事とは名ばかりのただ単なる雑用の筈であった。
まあ、銃撃隊とは名ばかりで戦争の無い平和な今実際のところ雑用に追われるのが日常茶飯事ではあるが、今日はその期待を良い意味で裏切ってくれた。
今日の銃撃隊に課せられた任務は、本当にただの道路整備の憲兵の補充職員でただ単なる雑用をするはずが、
最終的には、突然、それも偶然に雑用場所の近くで起こった廃工場でのテロの鎮圧部隊への手助けになり投降してこない相手と数時間も向き合い、
最後には撃ち合いの泥仕合。
相手はもちろん全員死亡、鎮圧部隊にも負傷者も重傷者も何人も出る非情なものになった。
そんなこんなで背中に背負ったバックパックの中には、1リットルの使い捨てペットボトルが朝のそのままの状態で入れられ、
、ついでに言うと昼飯も食べる間もなく、それを背負ったまま一日を過ごし、背中はそのリュックの跡にくっきりと汗染みができる始末である。
身体は、毎日のようにいつ何事が起きてもいいように鍛えられてはいるものの、こう急遽大事となると実際、見た目も精神的にもくたくたである。
こんなことをしていては、いつ過労で命を落としてもおかしくない。
そう思いつつもこの仕事をするのは、この軍隊の仕事が好きだからであるが。

そうこうしているうちにたどり着いた道路の曲がり角。
ジャンはそれを右へと少し曲がりその道路に脇にあるフェンスへと手を伸ばす。
そこには、ジャンの丁度胸の高さに小さな箱状のパネルがあり、そこを開くと緑のパネルがあり、
腰で袖を結ばれた青い繋ぎのズボンからかわいいキーホルダーなんかは付けられていない鍵の束を取り出し、
その一つをパネルの上部にある穴を差込み、緑のパネルへと手をかざす。
実際は、手をかざすと言うよりも、指紋??常紋??を翳し、鍵を開ける。
この間説明をしてくれた上司から言わせると人それぞれが持つ、手の血液の流れを感知して開けるシステムらしかった。
短い高音が鳴り響き、フェンスの上に備えられた赤ランプが緑へ色を変え、フェンスの門を開き真正面にある大きな赤茶色の建物の門へと進んでいく。

ここまで到着するのに、最低でも10分。
兵舎へ続く長い道のりを入れると20分。



「ジャン・シルバーマン、第二隊隊長。入れてください、・・・疲れました。」



門に備えられたマイクに話かけ、門が開くのを待つ。
いつも思うが、なぜこんなに厳重に自分の家に入らなければいけないのか。
そして、そのうち引越してやろうと。ここは軍隊の私有地にある独身寮。
軍の施設の中にある寮は機密情報が漏れないようにと厳重に警備され、周囲のフェンスには高圧電流まで流れていると言う噂である。
心底馬鹿な新人が、おしっこでも高圧電流が流れていると言う噂のフェンスにおしっこでも引っ掛けて本当か、どうか真実を見極めてほしいとか、
まあ、人は宝とも言うがこんな薄汚れた鼠みたいな男達の独身寮なんて何も盗まれるものもなさそうだと誰もが思い、ジャンも心底そう思っている。
ガンっと言う軽い金属音と共に、開かれた門。
そこを入っていくと奥の扉の横に小さな個室があり、そこに小柄なそれでいて小奇麗なかわいらしい女性が、
軍のユニフォームに身を包みこちらが見渡せる場所に座り、ジャンの方へと視線を寄せていた。



「ジャンくん、お疲れ様ねぇ。」
「ありがとうございます。・・それよりも、ここを開けてぇ、婦長・・。」
「はいはい、今日はお疲れみたいねぇ・・雑用じゃなかったかしら??」

今朝出かけに、今日の雑用について少しだけ話をしたのを覚えていたのか、そう尋ねる女性。
そういえば、そう言っていたがとジャンは、俯きながら呟く。

「・・それが、そうならないのがここの常みたいで。」
「そうね・・・・、お疲れさま。今日は、早く寝ないとね。」
「は〜〜い。」

シンシア・ドノバン婦長は、この独身寮の寮長で噂によると50年はここで働いているとか、いないとか。
この独身寮の皆に愛され、みんなの母親のような役割をはたし、恋愛相談まで乗ってくれると言う話である。
自分ではまだその相談に訪れたことはないが、このシンシアの人望であれば、そのうち一度でも行ってみてもいいかもしれない
し、どうしたら女の子に捨てられないか?という質問をぶつけてみたいとも思う。
開けられた扉からは、外とは比べ物にならない乾燥した冷たい空気が流れ出す。
それと同時に明るい光、管理人室で手を振るシンシアに一礼をして自室に通じる暗い通路を進み、自室へと続く廊下をえっちらおっちら歩いていく。
まもなく明日へなろうとしているこの時間、誰ともすれ違うことなく自室へと到着することができる。
いつもなら男臭い部下達や、隊員たちがごった返しシャワーへも数分掛けていかなければいけない、
この廊下も今は、シンと静まり返り時々大きないびきのようなモノが誰かの部屋から聞こえてくるぐらいである。
いつもの喧騒は嘘のようである。


二階へと通じる階段を上り、少しばかり歩いたところにジャンの部屋はあった。
2043号室、部屋のドアにはドアノブとただその番号だけが記されていて、
赤茶色のドアは、部屋の主を待ちわび堅く閉じている。



「・・・。」



薄汚れた繋ぎの右のポケットの中から鍵束を探り出し、その中から緑のプラスチックの柄に部屋の番号がついたものを探し出す。
いつでも、鍵束からその緑のプラスチックを探し出すのは一苦労だ。緑だの、薄緑など、この鍵束には似通った鍵がいっぱい付いている。
やっとで探し出した鍵を鍵穴へと突っ込み、誰もいない筈の部屋の扉へと手を掛け、扉が開かれると廊下へと流れ出すむっとした空気。

一人暮らしなので、ただいまという必要もない。

今日一日窓も開けずにおかれた部屋は、いつもそうだが外気とは少し違う湿気を帯びていた。
ジャンの部屋は、まるで学生が使用するような一室であった。
ひとつ良いとこが在るとすれば、一階の部屋の下級兵とは違い少尉という名目の元、シャワーが自室に備え付けられていることと、
作品名:はちみつ色の狼 作家名:山田中央