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叶わない恋と知っていながら。

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竜太君…二人目の彼氏…



 大学に入って初めての大型連休直前の出来事だった。

 大学の必修科目の選択語学で英語と中国語と韓国語という選択肢の中から、文法が日本語と同じで、当時韓国ドラマが流行していたと単純な理由で取ることに決めた韓国語の同じクラスの男の子に告白された。
韓国語は中国語や英語に比べてマイナーな語学だけあってか、履修登録者の数はとても少なくて、クラスは一つしかない。
受講者も数名という小編制のクラスで、皆が打ち解けるまで、さほど時間はかからなかった。

 非常勤講師の先生が教える語学は、他の講義と違って、先生も高校の先生みたいな人で、優しくて面白い人だった。
講義も和気あいあいとした様だったことも、その一因だと思う。
 韓国語のクラスは、一クラスに八人の生徒。
それと、先生。しかも、女の子は私ともう一人の子だけ。
私は好きなブランドのコスメでお化粧することも、男の子の好みそうな色や雰囲気の洋服で自分を着飾ることが好きだったから、クラスメイトの彼に好かれるのは、至極当然のように感じていた。
だって、もう一人の女の子は、いつもダボっとしたデニムを履いていたし、男の子のように大口を開けてギャハハと声を立てて笑い、お化粧だって全くしていないような子だったから。
 私はその女の子のことが、あまり好きではなかった。
同性が嫌いというわけじゃない。私が嫌いなのは、女らしくあることを放棄した女の子だ。
お化粧をしたり、女の子らしい服装や振る舞いをする。
そうして、女らしくあるよう、いつも頑張っている女の子が好きなのだ。
彼女は、私の好きな、頑張っている女の子には属さなかった。ただ、それだけのこと。

 韓国語のクラスの彼、東野君に告白された次の日。
国語学でいつも私の前の席に座って、「おはよう」と声をかけてくる竜太君に告白された。
何度か一緒に講義の空き時間に学内の喫茶でお茶をしたりしただけの、さほど親しくもない間柄の男の子だった。
金色に近い明るい髪をした竜太君は、その髪の毛の色のように、明るくて賑やかな人だった。
彼と一緒に居たら、なんだか毎日楽しく過ごせそうな気がして、よくも知らないのに、
「好きなんやけど、付き合わん?」と言った彼の言葉に、
「いいよ。」と言ってしまった。
その日、東野君の告白の返事をするつもりだったけれども、東野君にはメールでごめんなさいと一言送ることにした。


 竜太君とは、告白をされたその日に、初めてのデートをした。
大学の近くのバス停からバスに乗って河原町まで行って、イタリアンレストランで夕食をとった。
大皿に盛られたトマトソースのパスタを、二人で分けて食べた。
談笑しながら食べるパスタは、とても美味しかったのだけれど、別にそれは相手が竜太君でなくても、そう感じただろう。


 二度目のデートはゴールデンウィーク明けの水曜日だった。
水曜日は私も彼も講義が三限で終わるということと、私のアルバイトが稀にもお休みの日だったので、初めてのデートと同じように、彼とバスで河原町まで出かけた。

 バスを降りてみたら、平日にも関わらず河原町は人で溢れていた。
右から左へ左から右へ。人の流れが出来ていて、私はその波にのまれそうだった。
竜太君とはぐれそうになり、咄嗟に右手を伸ばしたら、彼はその右手を左手で包み込んだ。
私の冷えた掌よりも、随分と暖かくて大きな掌だった。
二回目のデートで手を繋ぐ。
それくらいの進展で、私は丁度良いと感じた。けれども、そう思ったのは、私だけだったようだ。

 その日は三条の方まで歩いていって、ビルの中にあるダイニングバーに入った。
白で統一された空間に、キャンドルのオレンジの柔らかな灯りが揺れていた。
私たちは窓際の席に通されると、窓からは鴨川が見えた。
なんてオシャレなところなんだろうと嬉しくなって、彼と一緒に甘いカクテルで乾杯をした。
 初めてのお酒だった。
実はお酒ってまだ飲んだことないの、と打ち明けたら、「オレンジジュースとそんなに変わらない口当たりで飲みやすいから」とスクリュードライバーというお酒を彼にすすめられて、それを頼んだ。
ウエイトレスの猫みたいくりくりとした眼の綺麗なお姉さんが運んできたそれは、オレンジジュースにしか見えなかった。
恐る恐る飲んでみたら、彼のいうとおり、オレンジジュースとそんなに変わらなかった。
お酒を飲んでいる自分がなんだか大人に思えたのと、彼の勧めもあり、私はその晩、スクリュードライバーを三杯飲んだ。
初めてのお酒、当然お酒には詳しくない私が、スクリュードライバーが別名レディーキラーと呼ばれていることを知るはずもなかった。

お会計を済ませた彼に、エレベーターで半額分のお金を手渡そうとしたら、断られた。
むぅ、と私が拗ねたふりをすると、彼は奢る代わりに少し付き合って欲しいところがあるというので、私はそれに従うことにした。
もうだいぶ遅い時間だというのに、三条通りは人の行き来がたくさんあった。
数歩先を歩く彼についていくと、辿りついた先は鴨川の河川敷だった。

「少し、話そうや。」
「うん。って、付き合って欲しいところって、鴨川なん?」
私がそう聞くと、彼はにぃっと笑って、脚を投げ出して川べりに坐りこんだ。

 話そう、と言った割に、会話は弾まなかった。
お酒を飲んでふわふわしていた私は会話が弾まないことを特に気にもせず、時折吹く風に心地よさを覚えながら、三条大橋を通る人の姿を観察していた。
 「沙織。」
だんまりを決め込んでいたかのようにみえた彼が、急に口を開いた。
橋の方に視線を奪われていた私が慌てて隣に居る彼を見ると、少し距離を空けて座っていた筈の彼が、すぐ側に移動していた。
思わず、横にズレそうになると、彼がゴツゴツとした両手で私の肩を捕まえ、私の視界を塞いだ。
 私の唇を、彼がそっと塞いだ。唇を塞がれた私は、慌てて彼に合わせて眼を閉じた。
キスをするのは、およそ半年ぶりだった。
高校時代に付き合っていた元彼とのキスを想い出す。
彼とも、この鴨川沿いでキスをしたことがあった。
もう、遠い過去のように思えるけれど、たった数カ月前のことだ。

元彼とのキスを懐かしんでいると、彼の唇がそっと離れた。とても、長い時間が経ったように思えた。
ぎゅっと握られた肩から、漸く彼の手が離れた。
はにかんだ顔で彼が私をみつめた。私も、彼に合わせて少し二コリとしてみせた。
それが彼の何かを刺激したのか、彼の顔がまた私の視界を遮って、生温い体温が唇越しに伝わって来た。
私が微笑んだことが、キスをすることへの同意と受け取られたようだった。
遠慮もない様子で、彼が私の唇を割って、私の口内を探り始めた。
 気持ちが、悪い。
遠慮のないキスに、私は一瞬にして酔いがさめきってしまった。
ふわふわとしていて気持ちの良かった感覚も、彼の中にあったほんの少しの好意も、彼のキスによって霧散した。
 
 微笑み返して拒否をする素振りを見せなかった私が、今更彼のキスを拒める訳などなかった。
舌の動きに応えない私を気にも留めない彼の独善的なキスは、とてもとても長く感じた。
まるで、このキスは、彼の自慰のように思えて仕方がなかった。