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叶わない恋と知っていながら。

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理想との出会い…プロローグ…


 今までの私は、自分のやりたいことを、ただ、やりたいようにして生きてきた。
私は私のしたいことをして、欲しいものは「欲しい」と主張して、何が何でも手に入れる。
ただ自分のしたいように、楽しい毎日を過ごすことができれば、ただそれでいいと思っていた。
それで、満足だった。
今まで手に入らないものなどなかったから、手に入らないものが存在するだなんて、思ったこともなかった。
だって、手に入れるのが難しいものだって、どんなことをしてでも、手に入れる性格だから。
だけど、今回だけは、違うらしい。私は、生まれて二十年と少しにして、初めてその事に気付いた。


 最初は、それが恋だと気づかなかった。
二年前の五月。
金曜日の一限目、国語学の狭い教室で、まだ眠気の拭いきれない頭をなんとか回転させながら
黒板の文字をノートに写し終え、ふと顔を挙げた時だった。
視界のはじっこに、真黒くて艶やかで、少し癖っ毛のある髪が視界に入ってきたのがキッカケだった。
透き通るように色の白い肌に、すうっと通った鼻筋と、その先にある尖った鼻。
まるで微笑んでいるかのように見える口角のあがっている唇。
駱駝のようにふさふさとしたまつ毛で縁取られた眼を瞬かせながら、真直ぐ黒板を見ている彼が、
私の大好きなこがねに似てるなぁ…とそう思っただけだった。
通りすがりの誰彼が、芸能人の誰それに似ていると感想を持つのとなんら変わりない。
たったそれだけのことだった。
次の瞬間には、放課後の恋人との約束のことで、頭がいっぱいだったぐらいだから、
まさか、これが恋だなんて――わかるわけもなかった。


 こがねは、まさに私の理想像そのものだった。
太くて少し癖っ毛のある艶やかな毛を全身に纏い、
アーモンド形をした眼とふさふさのまつ毛で私を覗き込んでくる。
いつも湿っていてつんとした鼻先と、口角のきゅっと上がった大きな口から一定間隔で呼気をしながら、私にすり寄ってくる。
こがねは、私のお隣の家で飼われているゴールデンレトリーバーだ。

 私がこがねと出会ったのは、私が小学校に入学してまもなくのことだった。
こがねは、お隣の西村さんの家にやってきた。
西村さんの家は、旦那さんの二人暮らしで、東京へお嫁にいった娘さんには、私よりいくつか年上の子どもがいるらしい。
西村さんの孫と私の年が近いということもあり、西村さんは私にとっておばあちゃんみたいな人だった。
西村さんにはこがねが飼われる以前から親しくしてもらっていた。
 「沙織ちゃん、宿題はもう終わった?今からこがねのお散歩に行くんやけど、一緒に行かへん?」
西村さんは毎日のようにこがねのお散歩に誘ってくれた。
私はこがねとのデートをするために、毎日クラスメイトの誰とも遊ぶ約束をせずにまっすぐ帰宅して、
さっさと宿題を済ませ、西村さんのお誘いを待っていた。
その習慣は、私が中学を卒業するまで続いていた。


 高校に入ってから、こがねとお散歩できなくなったのには訳がある。
高校一年生の夏休み、以前から折り合いが悪かった私の両親が離婚することになり、
私は母と一緒に母の実家の富山へと移り住むことになったからだ。

 祖父母の元へ引っ越す前日、私は西村さんのお宅にお邪魔して、こがねとお別れ会をした。
まるで恋人と離れることを惜しむかのように、私はこがねにぴったりと体を寄せて、唇を噛んで涙をこらえていた。
涙を堪える私を覗き込んでいたこがねの方も、私が居なくなることをまるでちゃんと判っているかのようだった。
湿った鼻を私の掌に押しつけて、瞳を潤ませていた。
私はこがねの湿った鼻先から、頭のてっぺん、首輪の下など、彼が撫でられるのを好む場所を、丁寧に時間をかけて愛撫してやった。
まるでそれは、愛しい人とのセックスみたいだと、初めてのセックスを経験した後に、私は密かに感じた。