表と裏の狭間には 四話―初陣―
ああ、そうだったな。
「行きますよ。ちゃっちゃとしないと、強襲される危険がありますので。」
「おう!」
俺と真壁は飛び出すと、蓮華のいるほうへ向かった。
「ちょっと!そこのアンタ!」
真壁が普段蓮華に声をかけるのとは全く違ったキツイ声音で声をかける。
「え?え!?ちょ、あなたたち、なんなんですか!!」
「ここは危険だ!こっちへ来なさい!」
「いや!来ないで!誰か助けて!!」
当然の反応(黒い作業着に黒いガスマスクの人間に声をかけられたら、誰だってこんな反応するだろう)なんだけど、ちょっと凹むな………やっぱ。
そんな感じでもたもたしているうちに。
「いたぞ!!殺れ!!」
回り込まれた!!
「そっちへ飛び込んで!!」
銃声が鳴るかどうかといったタイミングで路地に飛び込む。
向こうは蓮華を押し倒す形で反対側の路地に飛び込んだようだ。
銃声が連続して鳴る。
「ぐぁあああぁぁああああっ!?」
悲鳴。
だがそれが敵のものであるはずもなく。
それは、真壁の悲鳴だった。
「おい!ま――」
叫びそうになって、危うく思いとどまった。
真壁は短機関銃を取り出すと、敵のほうへ乱射する。
「今のうちに…………こっちへ!」
俺は一か八かで、通りを駆け抜け、真壁のいる路地に飛び込んだ。
「おい!大丈夫か!!」
「ええ。……………掠り傷…………です……よ。」
真壁は短機関銃を乱射し続ける。
一通り撃つと引っ込み、弾倉を交換する。
「僕が時間を稼ぎます。その間に君は、この人を表通りまで送ってください。」
「ひう………!?」
銃撃を受け、間近で短機関銃をぶっ放された蓮華はすっかり怯えていた。
「いいですか…………あなたは今からこの人と一緒に………表通りまで逃げてください………。」
「だっ………大丈夫なんですか!?」
でも、ついつい心配してしまうのは蓮華の性格のせいだな。
「おい、これも使え。」
俺は、自分の短機関銃を渡す。
「これはあなたの装備では………?」
「俺は要らない。だからお前が使え。二丁あったほうが便利だろ。」
「ありがとう…………ございます…………くっ。」
真壁の口から血が溢れる。
「おい!」
「大丈夫です………行きますよっ!」
敵方の銃撃が止んだ瞬間に、真壁が飛び出し、短機関銃を連射する。
俺は蓮華の背に手を回し、半ば押すように駆け出した。
「ひっ………!!」
やはりまだ怯えているようだが、蓮華は必至に走る。
そのままどうにか大通りまで出て、蓮華を解放し、すぐさま取って返す。
「あ…………。」
蓮華が何か言いたそうにしていたが、聞いている暇はなかった。
俺は端末を使って、ゆりに連絡する。
『なに!?』
「真壁が被弾した!!」
『真壁君が!?状況はどうなってるの!?』
「蓮華が戦場に迷い込んだんだ!それを助けるときに被弾した!」
『真壁君の容態は!?』
「ちょっと待て!」
真壁のいたところまで戻ると。
「真壁!!」
完全に力尽きて倒れている真壁がいた。
敵の姿はない。
他の仲間が片付けたようだ。
が。
「真壁!!オイ!しっかりしろ!!」
黒い作業服を赤く濡らし、完全に意識を失っている真壁。
この制服は防弾繊維で縫われているはずだが、それも見事に貫通している。
「真壁!!おい真壁!!」
だが。
どんなに呼びかけようとも。
真壁が目を覚ます事は、なかった。
『真壁!!おい真壁!!』
端末の向こうから聞こえてくる紫苑君の悲鳴。
もう問いかけなくても大体の状況は分かった。
真壁君は多分、もう死んでいるだろう。
あたしはそこまで動揺しない。
今は動揺するべきではないからだ。
だが、一つ問題があるとすれば。
今の通信は、煌にもしっかりと聞こえているということだ。
「ク――――――――はは――――――はははは――――」
あー………。
これは、もう駄目だな。
感情が完全に振り切れちゃってるよ………。
紫苑君のバカ。何も私に報告することないじゃない。
そんなことしたせいで、私は。
私は敵の命を案じなきゃいけなくなってるんだから。
「ハハハハハハハ――――――――エヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ―――――ギャハハハハハハハハハハハ――――ッ!!」
煌は馬鹿みたいに――壊れたように笑うと、傍にあった街灯を、引 っ こ 抜 い た 。
そのまま単純な脚力だけで跳び、手近な家の屋根の上に乗る。
後は大体見なくても分かる。
屋根の上から、敵のいる場所を直接強襲する。
そしてそのとんでもない怪力で街灯をぶん回し、敵を根こそぎ叩き潰す。
文字通り、叩き潰す。
今の彼には理性なんてない。
ただ、仲間を殺した敵を、殺す。
圧倒的な殺意に突き動かされる、殺人人形、否、化物。
それが今の彼だ。
天才(サヴァン)としての、彼だ。
今の彼を殺す事は、誰も出来ないだろう。
天才として覚醒している彼は、まず動体視力が異常に強化されている。
銃弾の流れも正確に読み取る、恐ろしい眼。
反射神経をはじめとした運動能力も、既に人間のそれではない。
今の彼は、人間という分類には属さない。
属せない。
ただまあ一応パートナーなので、様子を覗ってみると。
「うわ―――なんで当たらな―――ぎゃぁっ!」
「この――化物――――ぐあぁあああっ!?」
「ひぃっ――――やめ―――あぁあぁぁあああああぁぁぁぁああ!!」
「アハ――――――ギャヒャハヒャヒャヒャハハハヒャギャヒャハハヒャヒャヒャ!!」
高く跳んで街灯の重量を利用して敵を叩き潰し、ありえない動きで放たれる銃弾をかわし、振り回した街灯と壁で敵を挟み込み圧死させる。
あるいは普通に接近し、拳を叩き込んで数十メートルも敵を吹き飛ばす。
五メートル近く跳びあがるような脚力で、敵の胴体を蹴り抜く。
そんなふざけた状況が展開されていた。
そんな中。
煌が一人の人間を殺した時。
「組長!」
「野郎!組長を殺りやがった!」
「生かして返すな!殺っちまえ!!」
どうやら、今回の目的であった組長の殺害は、あっさりと成し遂げられてしまったようだった。
翌日。
「お兄ちゃんどうしたの?顔色悪いよ?昨夜遅かったけど、何かあったの?」
「いや、なんでもないよ。」
俺は雫に、仮初めの笑みを向ける。
今朝のニュース。
『昨日午後6時ごろ、私立光坂学園高等学校付近の路地で、暴力団同士の抗争があった模様です。死者も出た模様で、警察の公式発表では死亡したのは玖羅死組の組長――』
昨日の戦闘が報じられていたが、俺たちのことは見事に隠されていた。
学校へ行くと、当然真壁は来ておらず、担任から『誰か、何か知らないか?』と聞かれた。
俺には、知らないと答える以外の術はなかった。
昨日の戦闘が終結した後、集まったときに、ゆりから言われていたのだ。
『真壁君が死んだ事は、誰にも知られちゃ駄目よ。………キツイだろうけど、耐えて頂戴。』
真壁の事は、アークのほうでどうにかするらしい。
「紫苑君、真壁君、どうしたんだろうね?風邪かなぁ?」
蓮華が無邪気に訊いてくるが、答える事はできなかった。
この後、数日してから真壁は不登校として認識される。
その後更に時間が経ってから、今度は行方不明として騒がれるのだが。
その時には、皆真壁に対する興味を失っていた。
作品名:表と裏の狭間には 四話―初陣― 作家名:零崎