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先輩のこと

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私は先輩のことが好きだ。

 それに気付いたのはいつなのかとか考えるまでもなく、一目惚れに近いものだ。ゆるく波打つ長い髪も、不健康なまでに白い肌も、少し眠たそうな目も、ちょっと荒れた薄い唇も、全然筋なんて通っていない丸い鼻も、いつでもけだるそうな歩き方も、背が高いくせに姿勢が悪いせいでちっとも存在感がないところも、全部が全部私を惹きつけた。親しくなってからはもっともっと好きなところが増えた。突然子供みたいなことをするところや、意外とねだり上手なところや、面倒臭そうにしていても講義は絶対にサボらないところや、他にも色々。その中でも敬意のこもらない私の軽口に可笑しそうに笑うところが私は大好きだった。
 だから私は先輩の言うことに逆らえない。朝の弱い先輩に一コマ目の講義があるときに起こしてくれと頼まれれば何が何でも起こすし、米を切らしたからご飯を食べさせてくれと言われればちゃんと提供するし、暇だから付き合えと言われれば興味のないところにだって着いていく。起こし方(一度先輩が出てくるまで呼び鈴を連打し続けた)が酷いとか、白飯しかないじゃないかとか、そのつまらなそうな顔を何とかしろとかそんなことを言われるけれど、それでもまた同じ事を繰り返し頼まれるからそれで構わないんだろう。
 今日だってテスト前の勉強で忙しいのに、「暇だから来た」と言う先輩を家に上がらせてお茶まで出してやっている。

「ねえ、暇なんだけど」

 それなのに先輩は今まで読んでいた本から目を上げて、いかにも不服そうな口調で私にそう言うのだ。私たちの間にある座卓に肘を突くのが気配でわかった。

「へえ。私はそうでもないです」

 手元のノートから目を離すことなく私が答えれば、ごそごそと隣まで近づいてきてノートを覗き込む。視界の端に侵入してきた髪からなんだかいい匂いがしてくるけれど、それでも手は止めない。そんなことで相手をするほど私は時間に余裕があるわけじゃないのですよという無言のアピールだ。

「勉強まだ終わらないの?」
「終わる気配すら感じられません」

 教科書をめくり、ラインの引いてある箇所をノートに書き込む。まだ半分くらいしか終わっていない上に、頭に叩き込む作業が残っている。すっと気配が遠のき、チラリと目だけで行動を追うと、座卓に組んだ腕を乗せ、そこに頭を預け向こうの壁に掛かっているカレンダーを見ている。

「ねえ、暇なんだけど」

 ゆるく波打つ髪の向こうでまた呟く。何かしろと言われればきっと私は断れないのに、先輩はただ暇だと訴えるだけだ。

「いつでも帰っていただいて結構ですわよ」

 カリカリとシャープペンを走らせて軽い調子でそう言えば、なんだようと不貞腐れた声を出す。相手を出来るわけでもない私に付き合わなくてもいいんですよ。一口お茶を啜ろうとしたら、もう空っぽだった。先輩に出した湯飲みを覗くと、やっぱり残り僅かだ。

「お茶、入れ直しますね」
「あ、すんません」

 立ち上がり台所でお湯を沸かす。そっと振り向くと先輩はそこらにあった雑誌を拾い上げて広げていた。傾き始めた日が部屋と先輩の右半分を赤く染めていて、反対側に濃い影を作り出している。なんだかちょっと見蕩れそうになって、慌てて茶葉を入れようとしていた急須に向き直った。こうやって暇なときに訪れる場所に選んでもらえればいい。軽口を叩き合える間柄でいられればいい。それだけで私は十分なんです。
 
作品名:先輩のこと 作家名:新参者