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はこ

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 一方的に漫才のような会話を終わらせて、落ち着いて煙草に火を点けた。それを一服喫ってシケさんの口に持たせてやった。それを悲鳴の旦那はいかにもうまそうに喫った。戦場で知り合ってから こいつより煙草をうまそうに喫う奴を見たことがない。当人は『命の洗濯』と称しているが、その言葉が伊達じゃないとつくづく思う。俺たちは図書館に愛着を持ってしまったシケさんの頼みでカード整理が終わるまで、ここに滞在することにした。報奨金はほとんど手付かずで残っているから贅沢しなければ一年くらいは無職で暮らせるだろう。ということと、俺がシケさんに否とは言えないからだ。

「惚れてるのは損だよ。」
 一度だけ俺はそうぼやいたことがあった。何時だったかは定かではないが、あれはヘリで基地へ帰投する時だったと思う。
「じゃ 俺の収支計算は黒字か。待っててくれたら配当が付くかもしれへんな。」
 夕暮れ時 外からの朱色の光を浴びながら、そんな返答が返ってきた。一瞬 言葉に詰まってしまった。だから、ずっと頭が上がらない。


 次の日から年配のほうの司書の家に下宿することになった。手伝いを申し入れると、わざわざ滞まってまで手助けしてくれるなら是非 我が家を使って欲しいと言ってくれたからだ。温和で正直な人間に接触すると俺たちまでもが、善良な市民になるから不思議なものだ。毎日定時に終わって家に帰り食事をして眠りに就く。今までからは想像するのが難しい程の生活だ。
 いつものように手伝いを終わって家に帰ろうと図書館を出ると一台の自動車が待っていた。
「おまえたちの秘密を買いたい。」
 短い言葉は全てを物語っていた。誰かが、どこかの機関が、俺たちの小さな箱を買い付けにやって来たのだった。そ知らぬ素振りで行き過ぎると後ろから追い駆け、道をふさいだ。そこへ司書の片割れが自動車で通りかかった。これ幸いと彼の自動車に乗り込んで立ち去った。しかし、連中は渋とく後をつけて来た。シケさんは まず片割れ氏の心配をした。
「ミスター ちょっと自動車を借りていいですか。少しドライブしたいんで、」
「うん、構わないが先に私だけ送ってくれるならね。」
 勿論、喜んでと彼の家まで自動車を進め、そこで彼を降ろして発進した。どうするか、なんて考えて行動できる程の時間はない。映画のようにはいかないもんだ。
「そりゃ、そうさ。映画にはシナリオがあるから好きなことしてもいいけど。実際、シナリオはないんやから。」
 でも始りは『小さな箱から…』なんて映画的だねぇーと慌てる様子も混乱することもなく言った。
「どうするつもり? このままじゃ埒があかないじゃないの。」
 彼女の言うことは最もだが、いかんせん逃げようにも道が分からない。そうこうしている内に連中は無意味な追い駆けっこに飽きたらしく、我々を止めるべく行動を開始した。自動車同士がぶつかりあうのが、こんなにショックの大きいこととは知らなかった。
「ムチウチになりそう。」
 後部シートの彼女がわめいた。確かに辛いな、シケさんは左手で身体を支えているが右手をぶつけて呻いている。そのうちに今度は銃声だ。自動車を横に並べてこちらの車中に撃ち込んで来る。死んで花見が出来ますか、とばかりにおもいっきり自動車を相手にぶち当ててやった。奴等の自動車は方向を失って電話ボックスに体当たりを敢行した。さて、三十六計のナントカ…でエンジン全開で逃げ出した。
 どうにかこうにか無事脱出し、一時間ほど走って森林公園に辿り着いた。脇道にそれて自動車を停車させた。ああ、デコボコだ。ミスターになんて言うかな? と考えていると助手席のシケさんの様子がおかしいことに気がついた。
「シケさん 大丈夫か? 」と覗き込んだ俺は愕然となった。シケさんの脇には赤い模様が付いていて、そこからは赤い色の水が滲んでいるのだった。こころなしかシケさんの顔色が悪い。俺が再度声をかけて ようやく旦那は気がついて返答した。
「大丈夫か、シケさん」
「うん おまえ、やっと幸せになれるな。」
「そうや、俺はシケさんと一緒やったら ずっと幸せ者や。」
「いいや、俺とやのおて、その子と幸せになりや。もう、起こさんといてな。おやすみ 」
 保っていた筈の意識は消えてしまった。本当に眠っているようだ…赤いしみさえなければ……。おそらく傷は内臓に達しているだろう。だが、医者に行けば助かるかもしれない。そう思った俺は急いで本道に戻って飛ばし始めた。
「俺が望んだのはこんな終わりかたじゃなかった!」
 運転しながら何度も叫んだ。シケさん、俺への配当を忘れて逝くつもりか? 

 意味もなく思い出したのはある日のシケさんが言った言葉。忘れたくなるような言葉だった。消し去る為に更にアクセルを踏み込み急ぐ。


『なあ、パンドラの箱のなかから最後に出て来たものの名前を知ってるか? 
 そいつは『希望』 っていうとんでもない代物だったんやとさ。人を陥れて酔わせてしまう劇薬で、ちょっとでも触れようものなら、どうしょうもなかったって言うことやで。』

作品名:はこ 作家名:篠義