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気流によって桶屋が儲かるための共同研究

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森の木々が鳴る


 それは、風の強い日のことだった。
 強いとはいっても、傘がおちょこになるだとか、家屋の屋根がぶっ飛んでいくだとかそういう強さではなく、迎えられたり追われたりで行くも戻るも少々歩きづらい、その程度のものなのだが。
 私はその風の中を、追い風に逆らうかのように一足一足、地面を踏みしめながら歩いていた。
 ひときわ強い突風が吹き、私は思わず立ち止まる。
 風が行き過ぎるのを待つその耳にある声が聞こえてきたとき、私は立ち止まったことを後悔した。
「おーうい」
 はあ、と私はため息をつく。無視して歩き続けることもできるが、あれが予想通りの人物の声だとすれば無視した後のほうが余程面倒臭い。
 諦めて振り返ると、どうやら先程の声は突風が連れてきたものだったらしく、まだ遠くにいるそいつの姿を見つけてもう一つため息をついた。
 なんだ、この距離なら気づかなかったことにして押し通すことも出来たんじゃないか。
 そうは思っても、一度振り返ってしまったものはごまかしようがない。
 仕方なくその場で待っていると、そいつはにんまりとした笑みを貼りつけたまま、私に追いついてきて言った。
「おうイソノ!野球しようぜ!」
「私はイソノではないし、君もナカジマではないし、この風のなかで野球はしたくはない」
「真剣に返事すんなよ!ボケに決まってんだろ!相変わらずつれねーなぁ」
 そいつはとくに傷ついた様子もなく、からからと笑ってみせると再び口を開いた。
「冗談はおいといてさ。ミツキ、お前今日の夜空いてるよな?」
「冗談を振ったのは君だろう…空いていない、と言ったら?」
「嘘だねー調べはついてるんだよ!お前今日バイトだろ?でもってシフトは20時までじゃん」
「勝手に他人のシフトを覗くな」
「え、オレは雇い主の子どもなんだしいいんじゃねーの?」
 そう、何を隠そうこいつは私の職場の上司の息子なのである。
 おかげで私のシフトや職務内容にも裏から手だしをされている、などという噂まであり、正直辟易している。
「まぁともかく、その時間までバイトならお前の性格上、後ろに予定は入れてないだろ。で、一人暮らしだから門限もない!どーよこの完璧な推理!」
「そこまでわかっていて、何故わざわざ疑問形で聞いたんだ。というか君はその決して悪くない頭脳を何故そういうくだらないことにしか使えないんだ」
「んなことは知らん。で、どうなんだよミツキ」
 こんな男に私の予定を言い当てられるのは非常に癪なのだが、それを覆すだけの材料もない。
「…確かに仕事の後は空いている。それで?」
「おっしゃきたこれ!じゃあ早速なんだが、今夜オレに付き合ってくれ!」
「今の流れで付き合えと言われない、と思っている、とでも思っているのか?」
「おぉすまんすまん、ていうか毎度毎度言い回しが回りくどい……あのさ、町外れに森があんじゃん」
「森というのも微妙なほどの森だがな」
「で、森ってのは要は木のまとまりなわけで、風が吹けば音が鳴るよな?」
「当たり前だな」
「それがさ、強風でも微風なくてちょーどこのくらいの風の時に限って、夜中に木々の擦れる音に混じって何者かのすすり泣く声が聞こえてくるらしいんだよ!だから今夜それを確かめに…ってどうした?頭なんか押さえて」
「……いや……予想よりはるかにどうでもいいことだったからつい…」
「は? どうでもいいってなんだよ!」
 私が頭を押さえたまま言うと、何かが彼の癇に障ったらしく不快そうな声と口調でそう吠えられた。
「…タイチ、私がオカルト否定派なのを君はまさか忘れたわけじゃないだろう?」
「わかってねーなー、だからお前に声かけたんだろ!お前が理論的に説明出来れば自然現象だし、説明できなきゃ幽霊ってことではっきりすんじゃん」
「私に説明できないからといって霊がいるとは限らん。私の専門外なだけかもしれないだろう。それに、君の目的が私にオカルトを肯定させることなのはわかっているんだ。そもそも君自身肯定派じゃないか」
「だーもうごちゃごちゃごちゃごちゃうるせーなぁ!いいから、バイト終わったらお前裏で待ってろよな!迎えに行ってやっから!んじゃ後でな!」
 言うだけ言って走り去っていったあいつを見送りながら、私は三回目のため息をつく。
 あいつはああは言っていたが、無視して帰ってしまっても無理矢理家までついてくるような真似はしないだろう。
 そのかわり、今後大学や道端や仕事場で会うたびにそれをネタにいろいろ言われるのは避けられなくなるが。
 さて、どうするか…
 思案しながら私は、今度こそこの忌々しい追い風に逆らってゆっくりと歩き始めた。