スプリング・ガール
追ってくる。怖い。怖い。怖い怖い。なんで俺がこんな
目に会う?なんで?どうして?俺が何をしたというんだ?
もうイヤだ!もうやめろ!
振り向けない。振り向きたくない。なんでこんなに追って
くるんだ?早くあっち行けよ。こんなに速く走ってるのに!
「セーンパイ!今日も一緒に帰りましょうよ〜!」
なんでこんなに速いんだこいつは。今は退部したとはいえ
俺は陸上部に入ってたから脚力には自信があるつもりだ。
それなのに、なんでこんな女に追いつかれるんだ?そして…
「ゴールインっと♪今日も私の勝ちですね、センパイ♪」
負けてしまうんだ…。
というような登下校を始めて早一週間。ここまで勝てたことは一回もない。
しかもこいつはこんなにフレンドリーに接してくるけどこいつのこと全く知らないし!
「センパイ?どうしたんですか?そんな難しい顔して。」
「というか、なんでお前はそんなに俺に付きまとうんだ。俺なんかよりかっこいい男とかどこにでもいるだろ。」
「もー、そんな釣れないこと言っちゃダメですよ、セ・ン・パ・イ!私たち、こーんなに、ラ・ブ・ラ・ブなのに!」
「いや、俺、お前のことそんなに知らないし。」
「えー!センパイ、覚えてないんですか?あの事。ひどいなぁ…。」
あのこと?何の事だ。そもそもこいつを初めて見たのが一週間前で、
走って追いかけてくるからとっさに走って逃げた時で…。
「もー、思い出してくれないならもういいです!それじゃ!」
…行ってしまった。うーん、月並みな言葉で表現してしまえば、
「女の子の考えることは本当によくわからんな。」って感じだな。
まあ、今日はいつも見たいに付きまとわれることもなく、普通に帰れるわけだ。
あー、よかったよかった。せいせいするな。さて、帰ってネットでもしよっと。
…結局あいつは何だったんだろう。そういえばこんなに走ったのってどれほど前だっただろう。
中学の頃はちょっと足が速くて、周りからも尊敬のまなざしで見られていたし、
高校でも部活に入った頃はいろいろ言われたものだった。
自分より遅い奴がくそまじめに練習しているのを傍から見ては馬鹿にして笑ったもんだった。
そんなに練習しても無駄なのに。そんなことしても俺には勝てるはずはないのに。
…そう思っていた。少なくとも去年の夏までは。
秋の新人戦の選抜記録会。俺は最下位だった。想像もしてなかった結果。目の前が真っ暗になったことを
朧げながら覚えている。なんで俺がこんな目に会う?なぜ?どうして?考えても答えは出なかった。
いや、分かっていたのかも知れない。ただ、認めるのが怖かった。認めてしまうと、自分の存在価値が無くなってしまうような気がして。
自分というものが消えていってしまうような気がして。
それから、俺は部活に行くことを止めた。別に未練なんかなかった。もうどうでもよかった。部活にはもう自分の居場所はない。
「センパイ、覚えてないんですか?あの事…。」
全く思い出せなかった。どこかで見たことがあるようでない顔立ち。あの活発で人懐っこい笑顔。
…あれ?どこかで見たことがあったかな…?なんとなくではあるが懐かしい感じがする。
「センパイ、覚えてないんですか?あの事…。」
この言葉が頭から離れない。何かあったのか?あの子と俺に何かあったのだろうか。
そう思いながらも夜が明けていく。彼女との競争がまた今日も始まる…。
「センパイ、思い出してくれましたか?」
「いや、思い出すも何も、覚えてないし」
……
突然起こる沈黙。普段と変わらない感じで言ったつもりだった。
「ひどい…。先輩、あの時の約束、忘れちゃったんですね…。」
「え、な、なんのこ…」
「約束したじゃないですか!高校で、インターハイで優勝するって!私も走りたいって言ったら、同じ高校に入れたら教えてあげるよって!
私、頑張ったのに!先輩に負けないように、毎日トレーニングもした!私バカだから、先輩と同じ高校に入るために勉強も!それなのに、それなのになんで…」
ああ、そうだったっけ。こんなこと忘れるとか、どうかしてたな、俺。そうだ、中学の時の部活のマネージャーだった彼女。
女子の陸上部がなかった学校だったから、男子陸上部のマネージャーになったんだっけ。
「私、先輩が楽しそうに走ってるのが大好きだった!走ってるときの顔が好きだった!
先輩が、高校でも陸上して、インターハイ行くって言ってた時の顔も素敵だった!
それなのに、陸上部にもいないみたいだし、なんで、なんで…。」
「ごめん、なんか、大切な事忘れてたみたいだ、俺…。俺、もうちょっと頑張ってみるよ。」
「それでこそセンパイですよ!よーし、私も頑張らないと!いろいろ教えてくださいね!センパイ!」
彼女との競争しながらの登下校も、まだまだ続きそうだな。
「センパーイ?早くしないと置いてきますよ〜!早く早く!」