WishⅡ ~ 高校2年生 ~
あの人に会う事が出来ない代わりに、神様がこの命を授けてくれたのだと思った。寂しさで生きる事を諦めてしまわないよう、生きる為の糧を授かったのだと。
だから、遠く離れた土地で静かにこの子と生きていくつもりだったのだ。
「言うたやん。“ずっと、一緒に居ろう”って」
「そやけど……。うち……」
「帆波以外に、誰が俺の面倒みてくれんねん」
目を伏せ、首を振る帆波の頬を挟んで、智行が目線を合わせる。
「俺以外に、誰が、お前とその子の面倒みれんねん」
「智くん……」
腹部に手を当てて驚く帆波をそっと抱き締める。
「お祖父さんから聞いた。俺は、そんなに頼んないか?」
智行の腕の中、帆波が何度も首を振っていた。
「な、な、な、な……」
智行の後を追って客間の前まで来た航と慎太郎。
聞こえてくるその話し声に二人揃って驚き、互いに互いの口を押さえる。その状態で、居間へと横歩き。
「慎太郎?」
「航ちゃん?」
居間にいた大人三人が笑いながら首を傾げた。
「赤ちゃん居るん!?」
航が客間を指差しながら声を上げる。その隣で、テーブルのお茶を一気飲みした慎太郎が、
「あー、びっくりした」
と、暑くも無いのにパタパタと手で扇ぎだす。
「……そっか……。そやから、姉ちゃん……。……そやから、智兄が……」
出されたお茶を一口ずつ飲みながら、ようやく事情を理解した航が頷いた。
「なんだかステキな結末になったようだから、お茶、淹れなおしましょうね」
祖母がそそくさと席を立ち、
「手伝います」
香澄がその後を追うようにキッチンへと入っていく。それと同時に、客間から車椅子の音が近付いてきた。
「……お祖父ちゃん……」
帆波に呼ばれて祖父が微笑む。
「もうちょっと待っててね。お茶、淹れるから」
カップを用意し始めた祖母と香澄も、
「お祖母ちゃん……、お母さん……」
顔を見合わせて帆波に笑みを返した。
「うち……。あの……」
「良かったわね、帆波」
「幸せになってね」
祖母と香澄の言葉に、帆波が頷く。
「智行くん。頼んだよ」
祖父の差し出した手を
「はい!」
智行が両手で握り返した。そこへ、
「ちょっと、待って!」
空になった湯呑茶碗を持ったまま、航が片手をかざした。
「今、祖父ちゃん祖母ちゃんの後、“お母さん”って……言うた?」
「そういえば……」
航の言葉に、今更ながら慎太郎が気付く。
「なんで、おばさんの事、“お母さん”って」
拗ねるような航の言い方に、帆波が航の頭を撫でる。
「そやかて、“お母さんみたいや”って言うてたの、航やで」
「そ、そやけど……」
友達の母に“お母さん”などと言えない航が、更に拗ねる。
「そう呼んでもええって、おばさんが言うてくれはったさかい」
帆波と顔を見合わせた香澄が頷いた。
「あら! じゃあ、香澄さんは私達の“娘”になるの?」
“嬉しいわ”と祖母が香澄の手を握り締める。
「香澄さんも香苗さんも、私の娘だったら、どんなに楽しいかしらって思っていたのよ」
少女のように笑う祖母に祖父も頷いている。
「香澄さん達が“娘”なんだったら、慎太郎くんと木綿花ちゃんは“孫”ね」
「家族が増えたな」
微笑む祖父に祖母が頷きながら続ける。
「でもね。私、ずっと、そのつもりでいたのよ。“つもり”が“ほんと”になっただけだわ」
そう言って、お湯の沸いたキッチンへと姿を消した。
「“つもり”?」
首を傾げる祖父を見て、航と慎太郎が顔を見合わせる。
一昨年のクリスマス。若林氏に招かれた“クリスマス・ライブ”での祖母の言葉を思い出したのだ。
――― 『孫ですのよ。息子の長男と娘達の長男・長女』 ―――
「……て事は……」
航が何やら考えた末に、
「“弟”!」
慎太郎を指差し、
「“兄”!」
自分を指差した。
「は?」
「俺、一月生まれやもん。シンタロ、二月やん?」
「絞めるぞ、この野郎!」
慎太郎が航の首に腕を回し、
「“お兄さん”と呼べ!」
航が、抵抗しながらも嘯く。
堀越家の居間に笑い声が響き渡るのだった。
翌日、ライブが終わったばかりだというのに、堀越宅でギターの音が響いていた。
出来たばかりの新曲の練習である。
「“……と、いうわけで、奏の失恋は決定的になりました。”」
へへへっ……と笑いながら便箋にペンを走らせる航に、
「“イジワル”って言われるぞ」
ギターを弾きながら慎太郎が呟いた。
「紙の上やから、怖ないも〜ん」
「……って、航が言ってるって書いとこう」
“ネタの提供、ありがとう!”とペコリと頭を下げる。
「“今日の石田”はどーなっとんねん!?」
「今日は学校はありません。ちなみに明日は日曜日!」
慎太郎の言葉に膨れた航がギターを手にする。
「……で……?」
覗き込む航に、
「ここから、ここにかけての……」
慎太郎が楽譜を指差す。
もうすぐ迎える四度目の桜の季節。
高校生活も、あと一年である。
作品名:WishⅡ ~ 高校2年生 ~ 作家名:竹本 緒