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WishⅡ  ~ 高校2年生 ~

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新しい音



 春・四月。
 二人は二年生になった。四階だった教室が三階へと変わった。
 そして、始業式のこの日、端から三番目の2―Bの教室でひと際響く高い声。
「なんで、俺だけ……」
 慎太郎と石田の間で航が拗ねている。理由は、
「俺だけ、“A組”やねん!?」
 ……である。
 新学期最初の日、表示されたクラス編成。慎太郎と石田は変わらずB組なのだが、航がA組になってしまっていたのだ。
「弁当、そっちまで食いに行っていい?」
 妙に人見知りなところは、改善されていなかったりする。
「お前、新しいクラスで友達作ろうとかいう気はないのか?」
 航の性格を十分に理解したうえで、慎太郎が意地悪そうに笑った。
「話、合わへんもん!」
 航ときたら、頭からそう決めてかかる。
「それにな……」
 フンフンと頷く慎太郎と石田に、
「俺の前の席の奴。休みやねん、ずっと」
 航、何故か力説。
「だから?」
「関係ないじゃん!」
 呆れる二人。
「なんかな……。去年の四月にちょこっと来ただけで、ずーっと休んでんねんて」
「登校拒否?」
 首を傾げる慎太郎の横で、
「そーいや、部活で言ってた奴がいたな……」
 石田が思い出したように手を叩いた。
「なんか、音楽の時間に倒れたらしくて、それ以来休んでるって」
「何、それ?」
「俺も聞いた話だから詳しくは知らないけど。ピアノ弾いてて倒れたんだってよ」
「ますます分からん」
「“虚弱体質”って訳じゃなさそうだし……。訳ありかもよ」
 人の詮索は好きではない慎太郎が話題を避けようと促し、それに気付いた石田がとても登校初日とは思えない荷物を肩に掛けた。
「石田、もしかして、今日から部活?」
 同じくカバンを肩に掛けた航が、その荷物に驚く。
「“今日から”も何も、常に部活!」
 レギュラー維持は大変なのだ。
「あれ?」
 そして、慎太郎が片手に持たれた小さなバッグに気付く。
「何、それ?」
「ミカちゃんの愛妻弁当やったりして……」
 ウシシと笑いながら航が茶化す。が、
「な、何言って……」
 慌てて抱え込む石田の顔が赤かったりする。
「えぇ!?」
「マジか!?」
 驚く二人を振り切るように、
「じゃな!!!!」
 疾風のように、石田は教室を後にした。
「……石田……」
「意外だったな……」
 顔を見合わせ、羨ましいやら可笑しいやら……。
「そや! 愛妻弁当はないけど、祖母ちゃんが、“お昼、ウチで食べなさい”って」
 午後から、土曜日のライブに向けて堀越宅で練習する事になっている。
「こないだもご馳走になったしな……」
 ここしばらく、連続でお邪魔しているのだ。気が引けて当然である。
「コンビニ弁当ばっかり食うてると健康に悪いって。ええやん、祖母ちゃん、“作り甲斐がある”って喜んでんねんから」
 好き嫌いの多い航と違ってなんでも食べる慎太郎は、堀越祖母の作ったものをいつでも見事に平らげるのだ。
「弁当代も浮くんやし」
「……そーだな……」
 いかなる時でも、小遣いは温存しておきたい。
「じゃ、お言葉に甘えて……」
 持って行くのは、ギターとブルースハープ。
 今度の土曜の話をしながら、二人は学校を後にするのだった。
  

 そして土曜日がやってきた。
 四月も二週目になると桜の花は殆ど散ってしまう。公園の入り口をピンクのアーケードにしていた桜も、今や、緑の中にポツリポツリと色を添える程度になっていた。
「先週までは結構咲いてたのにな……」
 航が緑になってしまった桜のアーケードを見上げて呟いた。桜は航の母の好きな花なのだ。
「桜はまた来年までお預けって事だよ」
 肩に掛けたギターケースをヒョイと掛け直しながら、慎太郎も上を見る。そう。慎太郎の肩に掛かっているのはギターケースのみだ。半年間運び続けたカウンターチェアーが姿を消した。
「マジで春に間に合わせるとは思わなかった……」
 軽い足取りで歩く航を見て、慎太郎が笑った。
「情熱に勝るものなし!!」
 ムフフと笑って航がガッツポーズ。半年前まで、リハビリを繰り返しても中々回復しなかった航の右足。それが、ストラを再開した途端、あれよあれよと動くようになっていった。公園で歌いながら、聴きに来てくれる人達を励ましたり癒したりしているように見えて、実際に励まされているのは自分達の方だと、ようやく分かり始めた。だからこそ、自分達の言葉で恩返しをしたいのだ。
「ちょっと、ドキドキするな」
 【吟遊の木立】への入り口で立ち止まった航が、大きく息を吸い込んだ。朝の空気が胸いっぱいに広がる。
「やる前から“ドキドキ”は勘弁してくれよ」
 “うつるじゃん!”と慎太郎。
 椅子が必要なくなったのだ。約束どおり、今日から午後のライブも行う。プラス、今日、初めてオリジナルを披露する予定なのだ。初めての自分達の言葉と旋律。受入れてもらえるかどうか、不安で夕べはロクに寝ていない。更に、練習に練習を重ねた慎太郎のブルースハープも初演奏となる。が、歌いながらとか、そんな器用な事は出来ないので、最初に演奏する“秋桜の丘”にチラホラ顔を出す事になった。
「ヘマしても、ご愛嬌って事で……」
 溜息をつきながら言う慎太郎に、
「あんだけ練習しといて、“ご愛嬌”はないやろ?」
 航が、クスクスと笑いながらプレッシャーを与える。
「お前! 自分がやらないからって、プレッシャーかけんなよ!」
 そう。今回、ブルースハープは慎太郎だけ。理由は曲作りに忙しかったのと、ブルースハープに関しては慎太郎の方が呑み込みが早かったという点である。ギターは得意だが、ブルースハープは今ひとつだった航の父。どうやら、その血を受継いだらしい。
 そうこうしている内に辿り着く、いつもの場所。観客は既にスタンバイ済だったりする。“スタンバイ”といってもその場所に群がっている訳ではなく、その辺りになんとなくワラワラと集まっている……、そんな感じだ。
 と、
「あそこ……いーんじゃね?」「だな……」
 見た事のない四人組が、歩いていた二人をスッと追い抜いた。
「ありゃりゃ……」
 抜かれた二人が、思わず顔を合わせる。広い公園。“どこ”が“誰の場所”と決まっている訳ではない。要するに“早い者勝ち”なのだ。しかも、季節は春。新しく始めるストリートミュージシャンが増える時期だし、冬の寒い時期に時間を一時間ずらした事によって、参加者が集まり始める時間帯になってしまっている。仕方ないと言えば仕方ない。
「どうする? 場所、変えるか?」
 抜かれた場所に立ち止まって慎太郎が航を見る。
「今から場所変えも面倒やし……」
 その場所を探すのに時間がかかったら元も子もない。
「えーやん。見とこ」
 近くのテーブルとセットになっている椅子を指差し、航が歩き出す。
「やれやれ……。取られちゃったな」
 テーブルの近くまで来ると、先に座っていた若林氏が二人に囁いた。
 “おはようございます。”と挨拶をして、
「若林さん!」
 航が両腕で×を作る。
「誰の場所って決まってる訳じゃないんですから」
 孫のような二人に言われて、若林氏が頭を掻いた。
「あ!」
 ジーッと四人組みを見ていた航が声を上げ、若林氏と慎太郎が顔をそちらに向ける。