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WishⅡ  ~ 高校2年生 ~

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桜 林 祭



 
 九月の午後の公園にブルースハープの音が響く。
 慎太郎の優しく澄んだ音色を航のちょっぴり硬めの音が追い駆ける。バックグランドに流れるのは、奏のピアノである。
 涼やかな秋の風に揺れる並木道を連想させるこの曲のタイトルは“銀杏並木(いちょうなみき)”。航と慎太郎が出会った季節だ。
「落ち葉が散る感じ……?」
 苦手なブルースハープを練習中の航に、メロディーのイメージを伝える為に奏が発した言葉。
「銀杏(いちょう)……?」
 ブルースハープから唇を離して、航が慎太郎を見た。
「何? 銀杏って?」
 そんな航を見て、奏も慎太郎を見る。
 二人が出会ったのは、今から三年前。中学校の前の舗道は、銀杏並木。緑の葉が黄緑に……そして、黄色に染まる頃、二人は出会った。学校の音楽室から見える銀杏並木が、沈みゆく夕陽に照らされて、茜色にきらめいていた。
「……そうなんだ……」
 頷きながら微笑んだ奏が持っていた楽譜の一番上にペンを走らせた。
「“銀杏並木”?」
 覗きこんでいた航が“タイトル?”と問う。
「うん」
 余りにもイメージが合いすぎて、思わず三人揃って笑みがもれた。
 慎太郎のメロディーが秋の風。航のメロディーが並木の葉々。奏のメロディーが沈みゆく夕陽。どことなく“秋桜の丘”に雰囲気が似ているが、連想される景色はもっと身近なところ。
 ……二人にとっては、中学校の音楽室から見下ろす“銀杏並木”……。
 若い聴衆に混じって……というより、それに負けじと一番前を陣取って、若林氏がにこやかに聴き入っている。ここ……【吟遊の木立】も、あと二ヶ月しない内に紅葉が始まる。公園内が赤や黄色の木立に包まれるのだ。広いこの公園の入口から見ると、奥に位置する【吟遊の木立】がまるで物語の森のように見える……。そんな季節まで、あと少しだ。
「こんにちは」
 一曲目が終わり、慎太郎の声に揃ってペコリと頭を下げた。その三人に、聴衆からの拍手が送られる。
「ありがとうございます」
 顔を見合わせ微笑む三人。
「今日から一曲目を……」
 なんとなく吹いていたメロディーを奏が楽譜に起こした事、航がブルースハープに悪戦苦闘した事等々を慎太郎が静かに話している間に、航と奏が次の曲の準備をする。
 三人でやるライブもすっかり板に付いた感じだ。トントン拍子で曲が次へと進んでいく。演奏の予定はいつも五曲。奏の体調を見ながら、予定の五曲の間に何曲か入れていく事で調整しているのだ。自分のやや後方にいる二人に目をやりながら、慎太郎がプログラムを組んでいく。
「……そろそろ、曲もなくなってきました……」
 オリジナル曲は“銀杏並木”を含めて全部で九曲。先週は、京都帰りで疲れているだろうからと、奏はライブに出ていない。航と慎太郎の二人で、朝のライブだけ行なったのだ。勿論、奏にはバレてしまって、丸一日拗ねられてしまった。しかし、先週休んだだけあって、奏の体調はすこぶる良好そうだから、今日は、全曲演奏。
「先週は二人だったので……」
 チラリと後方を見ると、ちょっぴり膨れ面の奏がワザとらしく慎太郎を睨んでいる。
「この曲はここでは今日が初めてになります。“10年未来”……」
 ギターとピアノが先行して、その後を追うようにブルースハープがメロディーを奏でる。
  
  ♪ 君と見上げ……
  
 航と奏の良く似た声が、残暑厳しい木立のメインストリートに響く。
  
  ♪ 笑いながら けれど 不安で
  
 まるで同一人物が歌っているかのようなハーモニーだ。
  
  ♪ 10年未来……
  
 そのハーモニーに、低く優しい慎太郎の声が加わり、
  
  ♪ 僕はまだ夢を見ているかな
  
 歌声が深みを増す。
  
  ♪ まだ遠い未来に……
  
 なんとなく歩いていた人達の足が止まり、
  
  ♪ 帰り道 きらめく星空
  
 声のする方へと視線を動かし始める。
  
  ♪ 肩寄せ合って……
  
 歌っている二人が、幸せそうに微笑んで、
  
  ♪ 10年未来……
  
 更に加わった一人と目線を交わしながら、
  
  ♪ 眩しい陽も 優しい月も
  
 刻むリズムを同調させていく。
  
  ♪ これからも ずっと きっと……
  
 そして、気が付けば、
  
  ♪ 10年未来……
  
 聴衆の鼓動すらもリンクしている。
  
  ♪ まだ 夢を 見ているかな……
  
 三人で顔を見合わせながら、声をフェードアウトしていく。残っているのは楽器の音だけだ。やがて、ブルースハープが消え、ギターとピアノが静かに音を消した。
 聴衆の殆どは、三人と同世代である。今、思い描いている夢を三人同様、見続けていけるかどうか……。それは、不安だったり、希望だったりするのだ。そんな想いが通じたのか、拍手の音は深かった。
 その拍手に深々と頭を下げ、
「ありがとうございます。えーっと、流石に、曲がもう無いので……」
 慎太郎が、最後の曲を告げる。
「1(ワン)・2(ツー)……」
 同時に航のカウントが入り、ピアノとギター二本の前奏が始まった。
  
  ♪ 顔を上げて
  
 慎太郎の声にピアノとギターの音色が静かに寄り添う。
  
  ♪ 僕らの声が聴こえますか?
  
 語りかけるような静かな旋律だ。
  
  ♪ 僕らはすぐそばに……
  
 やがて重なり合う三人の声が楽器の音色に乗って、公園のメインストリートに静かに流れる。
  
  ♪ だから……
  
 ワンコーラスしかない最後の曲。
  
  ♪ メロディー 風にのせ
  
 今、気付いた人達が足を止める頃には、
  
  ♪ 君に届きますように……
  
 曲は終わってしまう。
「ありがとうございました!」
 いつもの通り、揃って深々と頭を下げる三人を聴衆の拍手が包み込む。ゆっくりと頭を上げると、集まってくれていた外周から、少しずつ人が散っていく。それを見ながら、楽器達を片付けていると若林氏が飲み物を持って来てくれた。そのまま四人で缶ジュースを飲み、メインストリートの中央の植込み前から、ギターの音が響くのを待つのだ。
「今日は、ギター二本や!」
 植込みは少し離れている為、四人が談笑している場所からは直には見えない。だから、聴こえてくる音が頼りなのだ。
 音が聴こえてくると同時に、四人揃ってそちらへと歩き出す。
 一番前は、小田嶋氏達のファンの人達に申し訳ないから、いつも、最後尾……もしくは、脇の方で聴く。どこで聴いても、その穏やかで安定感のある音色と歌声は変わらないから。
「高橋くんもいるんだな……」
 歩きながら若林氏が微笑んだ。氏にとって、航達が“孫”なら小田嶋氏達は“息子”なのだ。この年齢になって巡り会えた縁に感謝しているのだと、若林氏が五人を前に嬉しそうに言った事がある。
「丸、一ヶ月振り?」
 奏の問いに、慎太郎が指を折る。
「……だな。所長、忙しいから」
 昨年のバイト生活の所為で、慎太郎だけは高橋氏を“所長”と呼ぶ。
「でも、ほら!」
 耳を澄ましていた航が、大勢の囲いの向こうを指差した。
「新曲やで」
「ホントだ」
「忙しいのに、よく暇があるな……」