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WishⅡ  ~ 高校2年生 ~

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「ピアノを禁止する事で精神の不安定を心配されるのなら、メンタル科に相談するのも手かと思いますが?」
 ドアの外、奏が口を押さえた。漏らしそうになる声を押さえ込むように、そのまま、廊下を戻って行く。
(……“延命”って……? “ピアノ禁止”って……?)
 訳が分からず戻って行く道すがら、
「シンタロッ!!」
 元気な声が向こうの廊下から響いてきた。
「いよいよ、今度の連休からやんな?」
「三日からな」
「夢にまで見た、ストラや!」
 見覚えのある凸凹コンビが廊下を通り過ぎて行く。
 先月、高校入試の合格発表の時、学校近くの公園で女子三人を前に歌っていた二人だ。低い声とそれに寄り添うような高い声が印象的で覚えている。そして、入学式の日、式が終わって自宅近くの大きな公園を散歩している時に、蹲る少年とそれを支えている少年を見た。手を貸そうとしたが、「大丈夫だから」と断られたっけ……。
(やっぱり、どこか悪いんだ……)
 でも、自分と違うところがひとつ。自分は音楽を禁止されているが、彼らはそれが出来る。
 悔しいと同時に、たった今通り過ぎた笑顔が羨ましくて、奏は病室に戻ると、枕に顔をうずめるのだった。
  

 連休を前に退院したが、学校へ行く気は起きなかった。“大学入試資格”は“飛び級(スキップ)”で修得済だ。友人と呼べる友人もいないし、何より音楽の授業が耐えられなかった。CDで聴くクラッシックミュージック。目の前にあるピアノ。楽しかった筈の音楽が、自分から何もかも奪ってしまった気がして、『音楽』に触れる事すら嫌だったのだ。
 そして、五月。世間はゴールデンウイークに突入した。
「あ。今日、五月三日だ……」
 カレンダーを見た奏が、先日の病院での少年達の会話を思い出す。ストリートライブをすると言っていた。蹲っているのを見かけたのは、すぐ近くの団地の隣の公園だ。音楽に触れるのはまだ少し抵抗があるけれど、彼らの事が気になって掛けてある上着を羽織った。
「……いるかな?」
 あの二人のハーモニーをもう一度聴きたくて、公演へと向かう。
 公園までは歩いて十分くらいだ。近頃は急ぎ足だとすぐに息が上がってしまうので、ゆっくり歩く。五月の風が、心地いい涼しさで奏を追い抜いていく。
「あの公園って……」
 広い遊歩道・緑の芝生・ベンチ・遊具。手前は文字通りの“公園”だが、少し奥に進むと、人工の林が茂る【吟遊の木立】と銘打たれた緑のスペースになる。初めて訪れた時に、そのストリートミュージシャンの多さに驚いた。入れ替わり立ち代わり次々とミュージシャンが現れる。これだけの数になると、流石にピンからキリまでの幅があり、苦笑いな輩もいたが、逆にプロかと疑う程の人もいた。
 木立に入り、メインストリートの中ほどで目を瞑って耳を澄ます。あの二人の声は、まだ耳に残っている。いれば必ず聞き分けられる筈だ!
 風にのって、あちこちからギターの音や歌声が聞こえてくる。そして……。
「いたっ!!」
 二人の声を捕らえた奏が、その方角へと歩き出した。歩いている途中で、曲が変わった。他の曲の時とは違う。どうやら、小さい方の少年の声らしい。高くハリのある声が木立を抜けて響いてくる。
  
  ♪  ボクら 学校(ここ)を離れても
  
 近くで聴くと、その声の透明感がより鮮明になる。
  
  ♪  I continue protecting it
  
 澄んだ声と優しい声。二人の声に、音楽を捨てきれない自分を再認識する奏。
  
  ♪ ボクらは ひとつ 大人になる
  
 気付いた時には、観衆と一緒に手を叩いていた。
 演奏が終わり片付けを始める二人。自分と同じ年齢だろうか……? なんだか気になって、少し離れて様子を伺う。時々、何やら話している。ライブの緊張が解けたのだろうか、少し頬が紅潮しているのが分かる。
「……なにやってるんだ、僕……」
 後をつけている内に、同じように電車に乗ってしまっている自分に気付き、二人が降りたらそこから引き返そうと、ひとりで頷く。
 と、
「航っ!!」
 長身の少年の隣、椅子からずり落ちるもう一人。奏は慌てて駆け寄った。どうやら、この駅で降りるらしい。動かない少年の足元へと移動。
「足、持つよ」
「ありがとう」
 そっとホームに横たわらせる。
「原因は……」
「多分、頭……」
 以前見かけた時、頭を押さえていたのを思い出す。
「動かさない方がいいね」
 とりあえず、専門家に診てもらった方がいいだろう。どうしていいか分からずに、倒れた少年に寄り添うもう一人の少年をみて、奏はポケットから携帯を出した。
  

 次の週。彼らは公園には現れなかった。次の週も、その次の週も……。二人の声を聴いたあの時、なんだか救われたような気がしたのも束の間、その思いは蜃気楼のように消えてしまった。
  

 それから二ヶ月が過ぎた。一ヶ月に一度の検査を終え、病院の廊下を歩いている奏に、
「あと……ちょっと……」
 杖を突いて歩く少年の姿が映った。
 どうやら右足が動かないらしい。
(……ライブは……どうしてるんだろう?)
 ふと思うが、とても出来そうな状態ではないと判断する。あの時、二人の音楽で救われた気になっていたが、その二人も音楽を失ってしまった。
「大丈夫?」
 転びそうになった少年を助け、必ずしも音楽は自分もこの少年も救ってくれる訳ではないのだと、奏は病院を後にした。
  

 死期を待つしかない身体。救いのない音楽。なんだか、生きてる意味が分からなくなって、奏はますます外出しなくなっていた。
「……でね。飛び入りにあなたと同じ年の男の子二人が参加してね」
 その日の夕食時、母が自分が特別講師をしている高校の学園祭の話をしていた。父となんとなく聴いていた奏。その瞳が、
「ひとりは足をケガしてるらしくて松葉杖でね。だから、椅子に座って」
 母の言葉に生気を宿す。
「最初は私の演奏に対抗してるのかと思ったのよ」
 クスクスと母が笑う。
「だって、一曲目が“秋桜の丘”なんですもの。でも、ギター二本の“秋桜の丘”も新鮮でいいなって……。なにか特別な思い入れがある感じだったな……。後の二曲は歌ったんだけど、二人の声が絶妙でね。杖の子の声が高くてキレイで、背の高い子の声が低くて、なんだか優しくて……」
「そりゃ、俺も聴きたかったな」
「プロデューサーの血が騒ぐわよ、きっと」
 笑いながら話す両親の声を聞きながら、奏は“あの二人だ!”と確信した。
「……ママ……、その二人って……」
 久し振りに会話に入って来た息子の声に両親の顔が輝いた。
「何? 気になる?」
「いや……そんなんじゃ……なくて……」
「なんだったかな……。ウチの生徒が言ってたんだけど……。なにか再開するかもしれない、って」
「ホント!?」
「何か知ってるの?」
「べ、別に……そんなんじゃなくて……」
「何が“そんなんじゃない”んだ?」
 両親の笑い声の中、奏の胸がトクトクと心地良い音を響かせていた。