夏の日の恋
ミユは黙っていた。まるで、心底を見透かしているかのような冷めた目でケイスケを見ている。
ケイスケ襟を広げ、ミユの乳房を出した。小さく盛り上がった乳房である。
「柔らかくて気持ちがいい」
ミユはくすっと笑った。
ミユを立たせた。
風鈴の音がする。チリン、チリンと。
「窓を閉めて」とミユは小声で呟いた。
「どうして?」と意地悪な質問をする。
「……だって、恥ずかしいもの」
窓を閉めた。もう風鈴の音はしない。
いつのように愛し合った。愛する行為が終わると、一つになったものがゆっくりと二つに分かれた。
裸のままミユは立ち、窓を少し開けた。風が忍び込んだ。
ぼんやりとしているケイスケを見て、「どうしたの?」と聞いた。
「遠い昔を思い出した」
「どれくらい遠い昔のこと?」
「そうだな、ずっと前。ミユが生まれる前のときのことだ」
「それじゃ、分からない」とミユは微笑んだ。
「分からないさ」と笑いながらミユの顔を見た。
「何を思い出したの?」
「遠い昔を思い出したさ」
「話してみて」
また、風鈴の音がした。チリン、チリンと。ケイスケはじっと聞き入った。すると懐かしく感じられた。同時に切なくて悲しく感じた。
「小学校を上がる前の頃の話さ。父が盲腸で町の病院に入院した。母と一緒に付き添って、その町の病院に寝泊りした。同じように寝泊りしていた同じくらいの女の子がいた。不思議と気があっていろんな話をした。『風鈴の好き?』というから、『好き』と答えたら風鈴をくれた。『これどうしたの?』と聞いたら、『明日、退院するからもういらないの?』と答えた。風鈴の音を聞いていたら、妙にその子の顔を思い出した」
「その子のこと、好きだったんだね」
「そうかもしれない。でも、今はミユが好きだ。本当は一緒に暮らしたい」と裸のミユを抱きしめた。半分は本気だった。半分はその場限りの言葉だった。
ミユはそのことを知っている。だからミユは「本気なの?」と聞かなかった。たまたま広い東京で出会い、たまたま一時を一緒に過ごし、やがてどちらともなく離れてしまう。そんな経験を何度もしている。
夜になった。町に明かりが一つ二つと灯っていく。カーテンの隙間から、月の光が忍び込み、部屋の中は薄らと明るい。
ミユはすぐに寝たが、ケイスケは眠れなかった。ミユの安らかに眠る顔をしみじみと眺めながら、ケイスケは眠れぬ夜を過ごした。
その夜が最後だった。ユウスケはさよならも言えず東京を離れた。
東京を離れて三年があっという間に過ぎた。
ケイスケは東京に帰りたいという気持ちが日増しに強くなると同時に、ミユと過ごした日々のことを懐かしむことが多くなっていた。もう二度と会えることはないと思いながら。