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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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「おいらここで育ったんだ。目を瞑っていても迷わないぜ」
 鈴が持っていた書付けを熱心に読んでいる男が訝しく鷹を眺めた。この坊舎の仮の主で歳の頃は三十半ば、人の良さそうな顔で右京よりきつい薩摩弁を喋っている。右京もその男と話す時は薩摩弁が出る。男は泰蔵どんと右京から呼ばれていた。その泰蔵は「これから江戸へ向かうちゆうに……」と嫌な顔を見せたが、笑い飛ばす右京に逆らえないのはひょっとして身分が違うのかもしれない。
「ここの殿様は幽閉されておるようじゃ。どうすっとな、右京どん」
「どうもしもうさん。他藩のことじゃ、口出しすっことじゃなかろうもん」
 関心を示さずに右京は手酌で酒を飲み続けた。泰蔵が薩摩から持ってきた焼酎である。
「この書状が真実ならば、領民のことをよう考えなさった藩主様のごとありもうすが、たいへんなことじゃな。重臣連中が誰も言うことをきかんようじゃ。血気にはやって事を急いだようでごわすな、右京どん」
「若すぎたのかもしれんのう。既に血も流れもうした」
 鷹が茶碗に残った右京の焼酎を舐めて鼻をつまみ、顔を顰めた。
「ついでに殿様も連れ出してこようか? お鈴ちゃんをこんな目にあわせた張本人だ」
 鷹が不敵に人差指で鼻の下を擦りながら嘯く。
 おそらく泰蔵は、鷹の横柄な態度をずっと我慢してきたのであろう。その我慢が切れたようだ。
「こやつ、なんば言いよっとな。さっきから聞いちょるとできもせん大口ばっか叩きおる。こりゃ子供の遊びじゃなかぞ」
 顔を真っ赤にして怒りを爆発させたが、鷹は泰蔵を無視して立ち上がった。
「鷹殿、無理なことだけはするもんじゃなかよ。様子を見て来るだけでよかよ」
 右京が声を掛けた時にはもう鷹の姿はなかった。凄まじい轟音が遠ざかると、笊一杯ほどのブナの葉が開け放しの障子の隙間から手裏剣のように泰蔵に向かって吹き込んで来た。
「泰蔵どん、見苦しか。頭が葉っぱだらけじゃ。髪に葉っぱがたんと突き刺さっとる。鷹殿は天狗の子じゃっど。あんまり馬鹿にしちゃいかん」
 右京が泰蔵の慌てぶりを声を立てて笑い飛ばす。
「まさか……。だが、あやつは妙なことを言うとった」
「なんち?」
「天草四郎から貰ろうたち自慢しちょった、あんクルスは、本物じゃろうか」
 部屋の片隅でじっとしているお鈴を憚るように泰蔵は右京の肩口で囁いたが、俯いていた鈴が顔を上げるほど、十分に大きな声であった。まだ襟にブナの葉が突き刺さっている。
「本物かもしれんぞ。なんせ鷹殿の技は、尋常じゃなかもん」
「ならば、あのクルスは財宝の鍵かもしれん!」
「鍵?」
 泰蔵の顔が輝いて見えた。
「いっしょに酒を飲んだ熊本の修験者が言うとった。さんしゃる二 こんたろす五 草々のデウスの宝沈め鎮むる と天草四郎に仕えちょった小山田某が埋蔵地を表すと思われる書き付けを残しておると聞いちょりもうす」
 声を潜めて顔を近づける泰蔵を右京は笑い飛ばして相手にする様子もない。
「泰蔵どん、うまく担がれ申したの。そりゃあ何年前の話じゃ。切支丹の農民がどんだけの宝物を持っておるというのよ。それにそげんなものあったとしてもとっくに幕府が見つけておっどがよ」
「じゃっどん幕府が見つけたちゆう話は聞いとらん。二貫目はあるちいう黄金の十字架でごわすよ。それに金銀製燭台二十基、南蛮塗りの宝石をどっさい埋め込んだ冠、そして大判小判が……」
 焼酎が空になった茶碗を恨めしそうにひっくり返しながら眺める右京は、泰蔵の話に全く関心を示さなかった。
「そげなもん、あっても何も役に立たん。みんなに焼酎でも振る舞ったら終わりじゃっど。それに解読できておるのかいね? さんしゃるとはなんじゃ? こんたろすとは?」
「わからん………」
 腕組みして頭を捻る泰蔵は、諦めきれぬまま右京から体を離した。
 大声で笑い飛ばす右京の声に鈴の呟きがかき消された。
「今、何と申した? お嬢ちゃん、知っとらすのか!」
「コンタルス……十字架……」
 にじり寄る泰蔵の吐く息が酒臭くて鈴は顔を背けた。
 鈴は懐に手を入れると首から下げていた十字架を取り出して握り締めた。両親が殺されて父親の持っていた方は墓に埋めてきたが、母親のものは形見として身に着けていた。
 また貝のように押し黙った鈴を見て右京が得心した。
「お鈴も隠れ切支丹であったか……」
 右京の言葉に鈴は壁に背を押しつけて首を竦めた。泰蔵は御禁制の切支丹という言葉に酔いが醒めたのか呆けた顔で鈴と右京の顔を見比べている。鈴は緩慢に首を横に振ったが、唇を強く噛んで何か耐えているようにも見えた。
「よかよか、心配せんでも。じゃっどん般若心経で弔いを上げたのはまずかったかのう。ま、おいどんのお経もいい加減なもんじゃから、かまわんかのう」
「そうじゃそうじゃ、右京どんが唱えれば、ありがたいお経も伴天連の言葉に聞こえもんそ」
 腹を抱えて笑い続ける泰蔵の頭を右京が扇子で軽く叩いたが、鈴は聞いていない様であった。悲痛な顔の鈴を和ませようと即興でおどけて見せた右京と泰蔵の目論見も失敗したようだ。
「あたいは切支丹じゃない。おっ父ぅもおっ母ぁも今は違うから……お弔いは何でもいい。でも鷹さんが天狗だって本当ですか?」
 鈴が何か思い当たることがあったようだ。言葉を捜しながら右京に膝を向けた。
「本人は違うと申しておるが、おぬしも見たであろう。あれは天狗の技じゃ。あんなこと人がどんなに修練したとしてもできやせんよ」
「やっぱり……いたんだ。おっ母の言ったこと、本当だったんだ」
「本当とは?」
 右京の問いに鈴は重い口を開いたが、自分の話すことに自信がなさそうであった。
 鈴の父と母も天草地方の百姓だったと鈴は語った。もっとも鈴の両親である仙吉とお絹がまだ子供の頃の話である。さらに母である絹の父は、関ヶ原で西軍につき斬首された切支丹大名小西行長の家臣であったらしい。島原の乱が起こり近隣の百姓は原城に皆籠城することになった。その数二万五千ともいわれるが、それを取り囲む幕府軍は十万を超えていた。三方を海に囲まれた原城に対し、幕府軍は兵糧攻めにして一気に片をつけようとするも、天草灘の潮の流れを熟知していた民は、夜になって、無灯火の小舟で天草へと渡り食料を確保した。闇夜に、流れの速い天草灘に船を出すなど、幕府軍にとっては想像も出来なかったのであろう。そのため三カ月の長きに亘り、幕府軍の予想を超えて籠城できたらしい。しかし、多勢に無勢、一気に城は落ちた。容赦なく繰り広げられる凄惨な殺戮の中で仙吉もお絹も島原から英彦山まで逃げて来たそうだ。当初はもっと多くの子供達がいたが、安全な所を見つけては適当に分散させて来たらしい。
「ここまで天狗の子が連れて来てくれた。そうおっ母は話してくれた。天狗様の故郷なんだって、ここは………」
「おそらく鷹殿に間違いないじゃろうな」
「まさか、あやつはまだ子供じゃなかね」
 泰蔵はまだ半信半疑のようである。肩に残っていたブナの葉を摘まんで長い間見詰めながら首を捻っていた。
「それならお鈴どんは、鷹殿にあんまりつれなくしてはなりもうさんぞ」
 右京の優しい物言いに、鈴も頭の中では理解したのだろう。ぎごちなく頷いた。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介