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猫遊戯 -オセロ・白-

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2.お別れの挨拶



-夜の挨拶をする時。
 おやすみ、その後。
 聴こえるはずの「おはよう」をいつも何時も期待しているんだ。-


その日は雨だった。
何時もの通りに、僕たちは目が覚める。
だけれど、少し違っている事があった。

-君の方が、今日は早いんだ…。-

僕の隣は何時も君で、お腹をだらしなく出しているのが日常だった。
だけれど、その日。
君の姿は僕の隣になかった。
君のいる筈の処に手を突っ込んでみて、ぬくもりを確かめる。
-まだ、あったかい…。-
まだ寝ている頭のまま、僕は君の影を追う。
何時もと違う感覚に、心が不安の鐘を鳴らす。
一歩一歩が早くなり、最後には駆け足になる。

食堂。

-いない。-

目の前の窓を開けて、中庭。

-い、いない。-

戻って、台所。

-いない…。-

逆送してみて、僕らの部屋。

-…いない。-

洗面所、お風呂、トイレ。

-何処にもいない…。-

この家はそんなに広くない。
僕らの部屋と主の部屋と、お風呂、トイレ…。
僕は、見忘れている部屋を思い出した。

足がそちらに向く。
距離にしてみれば本当にないはずだ。
だけれど、その扉までの距離が、もう何百キロ先にも、何千キロ先にも思えて。
ノブに手をかけ、勢い良く開け、主と君の名前を叫ぶ。

「…っ!」

目に飛び込んできた光景。
そこには、君がいた、主がいた。
そして。
ぱんっ、と日常に余りない音が部屋に響く。

おめでとう。
主の柔らかい声、君のにんまり笑っている声が僕の耳の奥に届く。
きょとんとしている僕の表情を楽しみながら君は

「きょー、ぼくらのたんじょーびじゃん?だから…ねぇ~」

とニヤニヤしながら主を見上げて、目で合図する。
意味が分からない僕。

「ほらなー。たのしいだろー?」

疑問符が一杯浮かんで情けない顔をしている僕を指差して、君はけたけた笑い。
主も、笑うのは失礼、と言いつつも顔には笑っている色が見える。

-…こ、これは何?-

まだ理解しない僕に、主は、手招きをして呼び寄せる。
導かれて主の下へ行くと、きゅっ、と静かに優しく、そして強く。
抱きしめられた。

-あ。-
主の心の音だ。
とくんとくん、と。
主の声が聞こえる。
太陽の呼吸。
僕の中に流れ込んでくる、主の本当の声。

主の部屋には、真っ白で小さなケーキと。
温かいミルクが用意されていた。
ろうそくに灯がともり、二人で息をあわせて吹き消す。
慣れた手つきで僕たちが喧嘩しない分量に上手く切り分けて。
僕たちの腹に、甘い甘い白い幸せはしっかり収められた。
まだまだ朝だと言うのに。
そんなこと、お構いなしだった。
美味しいものは、幸せを呼ぶ。
それが、大切な空間の人たちなら、尚更だ。

満足そうに二人が主の部屋で寝転んでいると、主の足音が頭の上で聴こえてて来た。
見上げると、手には重そうな本を二冊抱えていた。
僕たちは直ぐ体を起こして、手を差し伸べる。
何故か少し躊躇しながら。
それでも意を決したように、主はおかしなことを口にした。

「お前達には、選ぶべき道がある。呼ばれた方を手に取りなさい」

すっと目の前に出された、茶色の。
古びた表紙の本。
かなりの厚さだった。
僕の小さな手ではしっかり持てない事が容易に分かった。

戸惑いの表情だったと、僕自身はそう思う。
中々手を伸ばさない僕を見かねた君が

「じゃー、こっちぃ」

そう言って、主の右手からするりと本を取った。

-あ…。-

僕は完全に出遅れてしまった。
勝ち誇った顔で僕を見て、表紙に手を乗せる。
渡さない、そう言っているみたいだった。
悔しさがこみ上げてきたので、慌てて主の左手から本を取る。
一瞬あっけに取られた表情を浮かべた後、僕たちを寂しそうな瞳で写していた主。
そんなことその時は気にも留めずに、主がくれた本を僕は君と同じように手で上から押さえつけ。

-誰が渡すもんか。-

という事を態度で表した。

しばらくして、主が僕たちに声を掛ける。
「こっちにおいで、お前達に昔話をしよう」

主の昔話はいつも夜にある。
だけれど、今はまだ太陽が見える。
蒼い空、白い雲。
季節の紅の華も揺れている。
不思議そうな顔をしている僕の腕を引き、君は主の下へ行く。
引きずられながらも、その疑問が消えなかった。

静かに話し出す主。
声は、在りし日の出来事を語る。

その昔、世界は一つだった。
思いも一つだった。
信じるものは沢山あった。
それでも、人々は平和に暮らしていた。
何時からだったのか。
誰のいたずらか。
何の望みか。
人は、与えられていながらも隠していた力を使って。
世界を塗り替えた。

線を引き。
空気を汚し。
水を不透明にして。
空まで届かんとする建物を建設し。
創り上げられた摂理を、曲げ始めた。

「そして…」

この世界を創ったとされるものが、結論を急ぐが為に。
一つの「出来事」を作った。

その出来事には、それぞれの時間が与えられ。

「世界を救うか」
「世界を破壊するか」

そのどちらかを選択させる、と言うものだった。
人の手によって創られたものに。

-救い、破壊される。-

どちらかを選ばせると言うのだ。
残酷な話。
誰が聴いてもそう思う。

僕の心が、ずきり、と痛む。

-破壊しようと思うその出来事は、どんな時間を過ごすのだろう。-

それは、とても寂しいものではないか。
あるものを、全て無に帰する。
そこには一遍の迷いも、慈愛もない。

沈んだ顔をしていると、大好きな主の手が僕の頭を包んだ。
柔らかく、優しく、暖かい。
僕の大好きな手。
僕の大好きな時間と世界。
主は、言葉を続ける。

「お前達は、その出来事の一部。既に、お前達は道を選んだ。本を開きなさい。世界の果て、その出来事の向こうにお前達の生れてきた意味が存在するのだから」

はっ、として僕は垂れていた頭を上げる。
主の瞳には、涙が浮かんでいるような…そんな気がした。

「次に目覚めるは、それぞれに道を歩く時。さぁ、お休み。出来事の歯車であっても、私は…」

ある時の声がどんどん遠くに聞こえる。
どんなに耳を澄ましても。
神経を向けても、堕ち行く意識は加速するばかり。
何か伝えたかった。
僕は、何か、伝えたかった。
口が上手く開かない。
喉は締め付けられているみたいだ。

-何かを発したい。-

それさえも、許さない、強い力。
僕はただ屈するしかなく。
何とか最後の抵抗を試みて、必死に手を伸ばす。

ふと…何かが、指に絡んで。
その暖かさに安心してしまったのか。
僕は意識を失った。

瞼を開いた時。
僕は草原にいた。
緑の香りが強い。
日差しは夏場の様だった。
胸に主から貰った本を抱きしめていた。

ページに書かれていたこと。
たった一言。
目にした瞬間、僕目から大粒の涙が零れ落ちた。
腕でぬぐって、再び本を閉じて、僕は一人。
よろよろと、行き着く先も知らず。
ただ何となく呼ばれている気がする方向へ、足を向ける。
風は、昔感じたものとは、違っていた。


あの時よりも、重く感じるこの本。
茶色の、古ぼけた本。
この中に何が書かれているのだろうと思い、一ページ目を開いてみた。
作品名:猫遊戯 -オセロ・白- 作家名:くぼくろ