猫遊戯 -オセロ・白-
1.昔の話
-ちょっとだけ語ってみる。
僕の小さい頃の話。
何、そんなに難しくない。
誰にでも分かる、日常的な話だから。-
陽だまりの中に僕はいた。
その隣には、僕の色とは正反対の君がいる。
風が心地よく走り、緑を揺らす。
僕たちは、仲良し…と言う訳ではなかった。
言うなれば「腐れ縁」と言う奴で。
僕が始めて目を開けた時。
初めて飛び込んできたのは、君のにやにやした顔だった。
あの時の一言を、僕は今でも忘れない。
「よだれ、ついてるぞー」
よくよく考えれば、最悪な人生の始まり方だ。
生れてきてくれてありがとう、と次に聴いた感動的な言葉さえもぶち壊す。
史上最低な君。
ごろんごろん、と寝つきの悪い君に、僕らの主は優しく薄いタオルケットをかける。
柔らかい表情。
今日の太陽の光に負けるとも劣らない、僕らの主。
僕は、主が好きだった。
料理も上手いし、話も楽しい。
僕らの知らない世界、読めない字。
それらを分かり易く、説明してくれる。
そんな主の親切に、つまらなそうに欠伸をする君を何度かどついて、態度を改めるよう。
僕は君に注意する。
そんな僕を君はにやりと笑って、
「いいじゃんかー、べつにー。きょーみあれば、きくしぃ」
全くお構いなしのマイペース。
僕の怒りに満ち満ちた視線を鎮火させる、主の手。
頭に乗って、包み込んで撫でる。
僕の好きな仕草の一つ。
心の硬さが緩んで、全てを許せる、そんな気持ちにしてくれる。
カミサマの手。
恍惚の表情を浮かべていると、それを君に目敏く見つけられてしまい。
僕は又も弱点を君に曝してしまう。
実は、僕は君が嫌いだ。
大嫌いだ。
でも。
君がいなかったら、僕はひょっとしたらここにいないかもしれない。
そんな思いがよぎる事もあるのは、事実。
悔しいけれど、事実だ。
二人でいるから、ここにいる。
主と三人、ここにいる。
大嫌いの後ろ側には、多分大好きが隠れているのだろう。
口が裂けてもそんなことを君に言うつもりはないのだけれど。
晴れた日も。
雨の日も。
胸が満たされているそんな流れ。
こんな時間が何時までも続く…。
そんな夢は見ているつもりはなかったが。
-長く続きますように。-
とは毎日祈っていた。
この小さい手でも。
瞳でも、心臓でも。
こんなにも広い世界で、ちっぽけな存在であったとしても。
僕は、祈っていた。
作品名:猫遊戯 -オセロ・白- 作家名:くぼくろ