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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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あやかしの棲む家

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「声を潜めて話してください。で、その傷はどうしたんですか美咲お嬢様」
「わたしは美咲ではありません。妹の美花です」
「ほう、それは初耳です。でも嘘をついてるとは思えない。見た目は似てるが、受ける印象がぜんぜん違う」
「わたしをどうするおつもりですか?」
「考え中」
 男は短剣を持ったままだ。
「それでわたしを殺すのですか?」
「あなたが俺……私を殺すんであればそうしますがね」
「そんなこと……」
「やっぱりあんた、いや、あなたは美咲じゃないようですね。ここに棲んでる者は皆狂ってる、あなたと俺を除いてね」
 男は短剣をしまって歯を見せて笑った。その笑みはとても人懐っこいものだった。
 少しだけ美花の緊張がほぐれた。
「あなたは誰なのですか?」
「私は、まあなんていうか、人の喜びそうな記事を書いて出版社に売り込みに行く職業ってとこですか。名前を言ってませんでしたっけ、立川克哉[たちばなかつや]って言います。名刺は切らせてるんで、あと煙草も」
 今なら逃げ出そうと思えば逃げられるかもしれない。恐怖で躰が竦むこともない、恐怖がなくなったから逃げる必要がなくなった。
 克哉が隠れ棲んでいるのには理由が必ずある。発言からも伺えるが、ここの住人をよく思っているとは思えない。つまり、ここの住人に見つからないために隠れている。
 美花も同じだった。もう外には出られない。克哉と同じ立場に置かれ、妙な信頼感も生まれはじめていた。
克哉が美花に手を伸ばした。思わずその手を美花は振り払った。まだ完全に打ち解けたわけではない。
すまなそうな顔をして克哉は頭を下げた。
「すまん。いや、傷がどうなったかと思って」
「こちらこそごめんなさい。大丈夫です、血は止まったみたいですから」
「深そうな傷だったが、やっぱりあなたも姉と同じで人間じゃないんですか?」
「わたしは……人間です」
 自信を持って言うことはできなかった。
 傷が治るのが人よりも早い。成長の早さが二倍ならば、治癒する早さも二倍だった。
克哉は再びこの質問をずる。
「で、その傷はどうしたんですか?」
「この傷は……」
 実の姉に殺されたなんて言えなかった。今でも信じられない。でも、たしかに手に傷が残ってしまっている。
 口ごもる不自然さを見逃さない克哉。
「この家の者だったら肉親でも殺しかねない。中でも人殺しを趣味にしてるのが、ここの当主の鬼塚[おにづか]静枝と医者の武内慶子。おっと、静枝はあなたの母親でした」
 美花は何も言い返せなかった。
 さらに克哉は美花の心を揺さぶるような話をする。
「最初は行方不明者とこの屋敷の繋がりを調べて記事にしようと思ったんですが、この屋敷は俺を思っていた以上に恐ろしい。殺すばかりかそれを喰う女たち、角が生えた娘、屍体を平然な顔して料理する奉公人、かたっぽの奉公人は一見して普通に見えるが、探れば何か出てくるかもしれないな。そして、あんたは人喰いの娘だ」
「わたしは……」
「そうだな、あんたも一見して普通だ。けど、美咲にそっくりなその顔、双子だろう。あの娘も狂ってる、この屋敷に迷い込んだ動物や虫を虐待して殺すのが趣味だ。あの調子だったら人間だって殺せるだろう、ただその人間が近くにいないだけ」
 克哉は美花の傷ついた手の手首を握った。
「この傷は誰にやられたんですか?」
「これは……」
「私はあなたが敵か味方か見極めたいんですよ。もう記事を書くどころじゃない、私はここから生きて帰りたいだけです」
「その話をわたしにするということは、わたしを敵だと思ってないということでしょうか?」
「世の中の裏も表も見て来たんでね、少しは人を見る眼があるつもりです」
 本当にこの男を信じていいのか?
 疑えば切がなく、だからと言って信じきれるものでもない。
 この屋敷に来てから目まぐるしく回る世界。
 思い描いた期待は全て裏切られた。
 今、目の前に居る男もいつ裏切るかわからない。
 しかし、美花には行くところがなかった。
 養父母のところにいた頃も、美花は小さな世界の中だけで生きていた。そして、この屋敷の中だけの世界がはじまり、さらに世界は狭まり屋根裏だけとなった。ここを出ればいつ殺されるかわからない。
 誰が敵か味方かわからない疑心暗鬼。
 美咲と出遭えばすぐに殺されるだろう。
 ここにいれば、この男は今すぐに美花を殺す気はなさそうだ。例え裏切られるとしても、今すぐではない。
 美花は静かに口を開いた。
「お姉さまに襲われました」
「理由は?」
「……言えません」
 おそらく動機は生きるため。片割れを殺し肝を喰らう。そうすれば死なずに済む。
 それが本当なのか美花にはわからない。ただ、静枝はそれを信じ、美咲もそれを信じたのだろう。
 美花が語らずとも克哉は勝手に推理をはじめる。
「新参者が現れたことへの嫉妬か、それは違うだろうな。この家は代々双子の姉妹が生まれるらしいですね、奇怪なことだ。そして、どうやら双子の片方は十年もしないうちに亡くなっているらしい。それと関係あるんですか?」
「あなたはどこまで知ってるんですか?」
 この男は何を知っているのか?
 おそらく美花よりも多くの情報を握っている。美花はつい最近まで、本当の家族が生きていることさえ知らされていなかった。死んだと教え込まれていたのだ。
「さあ、それほど知りません。皆さん口はとても堅く、誰もしゃべろうとしない。だから、こうして屋敷に忍び込んだわけですが、どういうわけか外に出られなくなってしまいました」
「ごめんなさい、わたしも何も知りません。今日ここに来たばかりで、ここに来てから知ったことが全てです」
「でも自分のことはわかるでしょう。あなたも人よりも早く歳を取り、人の血を飲んで生きているのでしょう?」
「……はい、でもわたしは何も知らない。何でこんな身体に生まれてしまったのか、何で何でこんなことに……」
 殺し合う運命。
 美花には美咲を殺すことはできなかった。そんな恐ろしいことはできない。けれど、この屋敷の外に出る方法が見つかったとしても、逃げるという選択を選ぶだろうか。
 美咲に襲われた時は咄嗟に逃げてしまったが、もしかしたら数年で死んでしまう美咲を置いて逃げることができるだろうか。
 ――わたしが死ねば姉が長く生きられるかもしれない。
 しかし、死は恐ろしい。
 自分も死にたいわけではない。出来ることならば生きたい。
 突然、何処かで大きな音がした。
 何度も何度も打ち付けるような音。
 それが止んだかと思うと、今度は階段を上る音が聴こえてきた。
 行燈の光に照らされた狂気の顔。
「こんなところに隠し部屋があったなんて、お母様も知らなかったでしょうね」
 姿を現したのは美咲だった。
 その手で光る短刀は血で彩られていた。