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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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あやかしの棲む家

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「発見したときには気を失っていたので、庭にある木に縛り付けて置きました」
「困ったな。気を失ったまま、里に捨ててくるのが最良だが……」
 克哉は椅子から立ち上がって、机の引き出しからなにかを出した。
「縛り付けた木まで案内してくれ」
 屋根裏を降りて玄関に向かう。
 廊下を走る物音が響いた。足音は二つだ。
 克哉が振り返った。
「大事な用があるから、絶対について来ちゃ駄目だぞ。お父さんがいいって言うまで屋敷の中から出ても駄目だ。わかったね?」
 言って聞かせたのは双子の姉妹だった。見た目で判断するなら、年の頃は四歳くらいだろうか。
「おそとであそぶのー」
 駄々をこねたのは美花のほうだ。
 困った顔をする克哉。
 救いの手は美咲から伸ばされた。美咲は美花の着物の袖をつかんだ。
「おとうさまをこまらせてはだめよ。あっちであそびましょう」
 双子だが、妹の美花よりも大人びている。加えて見た目よりも、口調が大人びている。
 不満顔の美花が美咲によって廊下を引きずられていく。それを見届けてから、克哉は改めて玄関を出た。
 屋敷に出てすぐに二人は顔に面を被った。木彫りの恐ろしい鬼の面だ。
 そして、庭の木に縛られているという女の元へ向かった。
 女はまだ気を失っているようだ。
 克哉はその女の顔を見て息を呑んだ。女は若い娘だった。
 鬼の面を付けたまま菊乃が克哉に顔を向ける。
「どうかなさいましたか?」
「この子のことは知ってる。まさかここで出会うなんて思わなかった。素性の掴めない謎の使用人だったが、ここで会ったということは、少なくとも人ではないだろう」
「人にあらずなら、なにでしょうか?」
「さあ、人でないという確証も今得たばかりで、正体まではわからない。敵か味方かもわからないが、少なくとも当分はこの屋敷で俺たちに仕えてくれると思う」
 二人が話していると、気を失っていた娘の閉じたまぶたが微かに動いた。
「う……うう……」
 呻きながら娘がゆっくりと目を開ける。
 目を開けた途端、視界に飛び込んできたのは二匹の鬼の顔。
「きゃーっ!」
 思わず娘は悲鳴をあげた。
 座った状態で木に縛られている娘は、自由な足をばたつかせて砂埃を立てた。
「助けてください、どうか命だけは堪忍してください!」
 怯える娘。
 克哉は笑いながら面を外した。
「あははは、すまない。脅かして済まなかった、俺は鬼でもないでもない。お前を取って食う気もない」
 そう言いながら克哉は娘の縄を解いてやった。
 自由になった娘はまだ怯えているが、すぐに逃げようとするそぶりは見せなかった。じっと目を離さないように克哉と菊乃を見据えている。特に菊乃を警戒しているようだ。その理由は――。
 克哉が気づいた。
「菊乃、鬼の面を外してやってくれ、この子が警戒してる」
「はい」
 鬼の面を外して素顔を晒した菊乃。表情には乏しいが、一見すればただの少女。
 自分と同い年くらいの菊乃を前にして、娘は少し安心したようだ。
「なんなんですか、あなたたち?」
「それはこっちの台詞だ」
 返したのは克哉。
 滅多に人の寄りつかない場所にある屋敷に現われた娘。人が寄りつかない――克哉の言葉ではこの娘は人ではないが、それでもなぜここにいるのか疑問を抱かずにはいられない。
 娘は困った顔をした。
「……あたし……あたしだれですか?」
 普通ならしないような質問だ。そのような質問をするとしたら、考えられるのはこうだろう。
「記憶がないのか?」
 と、克哉が尋ねると娘は頷いた。
「名前も思い出せません」
「そうか、ならお前の名前は仮に瑶子にしよう」
「いい名前ですね! まるでそれが本当の名前のような気がします」
「記憶を失ってさぞ大変だろう。良かったら記憶を取り戻すまで、この屋敷にいるといい。ただし、家の仕事などはしてもらわないと困るが」
「ありがとうございます! あなたのような良い人に出逢えて良かったです!」
 記憶を失っているというのに、落ち込むことなく明るい娘だ。
 菊乃が冷静な視線で瑶子を刺した。
「本当に記憶喪失でございますか?」
「本当ですよ、疑うなんて酷いですよ!」
 記憶喪失が本当と嘘か、それを他人が判断するのは難しい。
 菊乃に顔を向けられた克哉。
「疑っても仕方がない。人手が足らなくて困っていたところだ、ちょうどいいじゃないか……ん?」
 なにかに気づいて克哉は屋敷の影を見つめた。
「もう隠れても遅いぞ。困った娘たちだ……隠れてないでこっちに来なさい」
 克哉に言われ、双子の姉妹がおどおどとしながら現われた。
「美咲がいこうって……」
 涙目の美花。
「美花がそうしたがっていたからでしょう」
 きつい口調の美咲。
 双子でありながら性格に大きな違いがある。それは単純に姉と妹という役割のためか。その様子をじっと克哉は観察するように見ていたが、美花の瞳から涙が零れたところで口を挟むことにした。
「俺の言いつけを守らなかったのは二人とも悪い。今回は大事至らなかったが、俺たちが生きていくためには、守らなくてはいけない決まりがある。と、言っても、実際に恐ろしい目に遭わないとお前たちもわからないだろう。よし、二人とも晩飯は抜きだ」
「そんなおとうさま!」
 と、空かさず克哉に飛びついてきたのは美咲のほうだった。
「わるいことしたのだからしかたないでしょう美咲?」
 姉をたしなめる妹の姿。興味深そうに克哉は二人を見つめている。美咲は大変不満そうな顔を、言いつけをした克哉ではなく美花に向けていた。
 ぼさっと立っている瑶子に克哉が気づいた。
「家族を紹介しよう。俺は克哉、娘の美咲と美花、侍女の菊乃の四人で暮らしている。彼女は瑶子だ、しばらく家で暮らすことになった。仲良くするんだぞ二人とも」
「よろしくお願いします!」
 頭を勢いよく深く下げた瑶子。美花は笑顔ですぐに瑶子に抱きついてきたが、美咲は敵意のような視線を送りながら距離を保っていた。
「二人の娘はずっとこの屋敷で育ったものだから、人が珍しいんだ。たまに来てくれる行商人を遠くから眺める程度だからな」
 付け加えるように克哉が言った。
 すっかり美花は瑶子に懐いたようだ。
 克哉の微笑ましい横顔を菊乃が見つめていた。