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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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あやかしの棲む家

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 クツクツと嗤いながら静枝は話を戻した。
「人間の血を浴び、肉を喰らうのは美容のために過ぎないわ。貴女方は動物の血、特に人間の血を飲まなければ、老化の速さがさらに加速する。何もしなければわたくしよりも早く死ぬでしょうね」
 では、どうやって静枝はその呪縛を断ち切ったのか?
「貴女方が呪縛を解くためには、人間を喰らうしかない」
 静枝の言葉に気性を乱して美咲が食って掛かった。
「それでは無理とご自分で言ったではありませんか!」
「そんなことは言っていないわ。たしかに貴女方がわたくしと同じように人間を喰らっても呪縛を解けない。そう、同じでは駄目なのよ……」
 美咲と美花は息を呑んだ。
 そして、静枝はこう断言した。
「片割れを殺し、肝を喰らいなさい」
 寒気と静かさが部屋を包み込んだ。
 数刻の沈黙。
 美花が大声で叫ぶ。
「できません!」
 それは姉妹で殺し合うということ。同じ顔を持った相手を自らの手で殺めるということ。
 精神的な自分殺し。
 美咲は静かな表情をして、口を開く気配すら見せなかった。
 静枝は自らの顔に残る醜い痣に触れながら遠い目をした。
「わたくしにも姉がいたわ。別々に育てられ、出逢ったその日に殺せと言われた。代々我が家系は双子の姉妹が生まれ、同じ事を繰り返してきたらしいわ。だからわたしは姉を喰らって生き延びた」
 そんなこと美花にはできなかった。
「姉を殺すなんて、できるわけない……」
 涙ぐむ美花に静枝は頷いて見せた
「わたくしもそうだった。わたくしも美花さんのように外で育てられたから。別々に育てられるのが掟なのよ、双子に優劣を生むために」
 微かに美咲の耳が動いた。だが、口を開かず無言のまま。
 涙を流して躰を振るわせる美花。
 無言のまま動じない美咲。
 別々に育てられた双子の姉妹。
 美花は涙を拭った。
「やっぱりできません。そんなことしなくても、まだ三十年……四十年は生きられる。お姉さまを殺めてまで長く生きたいとは思いません」
 美咲も頷いた。
「そうね、長生きなんて興味ない。この鳥籠の中で何十年も生きなくてはいけないなんて苦痛だわ」
 美咲の言葉に美花は心から安堵した。殺し合いをしなくて済む。
 決して母を軽蔑しているわけではない。生きることに執着するのは動物の本能。
 ――でも、姉妹で殺し合うなんて間違ってる。
 美咲は席を立って部屋を出ようとした。
 すぐに静枝が呼び止める。
「待ちなさい美咲さん」
「まだ何か?」
「話は終わっていないわ」
「もう済んだでしょう」
「いいえ、まだ終わっていないわ」
 美咲は座布団に再び座ろうとしなかったが、足と止めて静枝の話に耳を傾けることにした。
 静かに語りだす静枝。
「先程、三十年と言ったわね。このまま二倍の速さで老化が進めばそうでしょう。しかし、過去に殺し合いをせずに生きようとした者がいたそうだけれど、数年と経たずに死んだそうよ。ちょうど十歳になったとき」
 あざ笑うかのように美咲は反論する。
「ただの偶然でしょう」
「違うわ。この呪縛は体質ではないの、呪いなの。諍うことのできない呪いなのよ。双子の血が途絶えても、一族のどこかで双子が生まれ本家の養子となる」
「だからどうしたって言うの。別に構わないわ、あと一、二年で死のうと」
 美咲はふすまを開けて部屋を出て行った、今度は止める間もなかった。
 残された美花もゆっくり立ち上がり、涙を堪えながら部屋を出た。
 冷たい廊下では瑶子が待っていてくれた。
 美花は膝から崩れ落ちた。それを抱き支える瑶子。
「大丈夫ですか美花さま」
「…………」
 美花は無言のまま、ただ涙を零した。

 瑶子は夜空の下で火を焚いて湯を沸かしながら、風呂場の中にいる美花に声をかけた。
「お湯加減はいかがですか?」
 檜の湯船に浸かっている美花は柔和な顔をしていた。
「はい、良い湯加減です……あっ!」
「どうなさいましたか!?」
「いえ……なんでもありません」
 美花の視線の先、湯煙の先に立っていたのは美咲だった。
 包み隠さず裸体を晒す美咲。発育途中の身体だが、腰はくびれ、尻は張りがあり、胸は小振りながら御椀型で美しい。
 その裸体を見ることが――いや、見られることが美花は恥ずかしくなった。
 美花が視線を背けたのに気づいて美咲は微笑んだ。
「自分の躰には見慣れているのではなくて?」
「恥ずかしいものは恥ずかしいですから」
「女同士よ。あと、双子なのだから、その口調はやめてもらえないかしら?」
「ごめんなさい、こんなしゃべり方しかできないんです」
 この口調は養父母に対するものと同じだった。美花は友達の接し方も知らない。自分と周りが違うと感じはじめたころから、友達や周りの人たちと距離を置くようになったからだ。
 美咲は湯船からお湯を桶に取り、背中に湯を浴びた。
 身体の曲線を滑るお湯。白い肌は水を弾き、ほんのりと桜色に染まった。
 美咲は湯船につま先をつけた。そのまま滑らかに湯に体を沈め、美花と向かい合った。
 真正面から向かい合う双子の姉妹。まるで鏡に映っているようだ。
 湯に緩やかな波を起こしながら美咲が美花に近づいた。
「本当に鏡を見ているみたい」
 美咲の指先が美花の頬を撫でた。
 鼓動を乱しながら美花はただじっとしたまま、美咲にされるがまま躰を預けた。
 繊細の指先は頬をなぞり、耳、首、肩、鎖骨、一つ一つの部位を確かめるように、美咲の指は細やかに肌を滑る。
 そして、形の良い胸が包むように触られた。
「そこは触らないでください」
 頬を赤らめながら美花は顔を背けた。
「自分の躰を自分で触っていると思えば恥ずかしくないわ」
「そんなことを言われても……嗚呼っ」
 胸を強く握られた。
 そのまま胸を揉みしだかれ、美花は抵抗しようともがいた。
 しかし、美咲はそれを許さず無理やり美花を押さえつけ力を込める。
 水飛沫が散り、美花の口に湯が入る。
「お姉さま……やめ……」
 揉み合う間に美花は頭まで湯に沈み、口から気泡が漏れ、足をばたつかせた。
 中の騒ぎを聴いて目を丸くした瑶子が窓から顔を出した。
「どうなさいましたか?」
「いいえ、別に何もないわ」
 美咲はにこやかに答えた。
 その腕にはぐったりと首を垂らした美花が抱かれていた。
「少しじゃれ合っていたら度が過ぎてしまったのよ。美花は湯にのぼせてしまったみたい、運ぶのを手伝って頂戴」
「はい、今すぐそちらに向かいます」
 瑶子が窓から姿を消すと、美咲は美花の頭を愛しそうに撫でて微笑んだ。