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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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あやかしの棲む家

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 と、瑶子は声を漏らした。
 櫛の歯が欠けたのだ。
「ご心配なさらずに、よくあることでございます」
 それほどまでに瑶子の髪は強かったのだ。
 梳かされた髪は一本に大きく三つ編みにされた。
 瑶子は菊乃を姉のように感じた。
 鏡に映る菊乃の姿は、淡々と作業をこなしているだけ。それでも瑶子は嬉しく思う。
 ふっと鏡に何かが映り込んだ。
「菊乃さん……見えましたか?」
「なにかございましたか?」
「綺麗な女の人が部屋にいました」
 しかし、部屋のどこを見渡しても、ここにいるのは瑶子と菊乃だけだ。
「ご心配なさらずに、よくあることでございます」
 身支度を済ませると、瑶子は部屋の外に連れ出された。
「まずは静枝様にご挨拶をしましょう。静枝様はこの家の当主、何があろうとも、静枝様のおっしゃることが絶対ということを肝に銘じておくように」
「はい」
 瑶子は思った。静枝とはいったいどのような方なのだろうか?
 とある部屋の前に来ると、そこで菊乃は正座をし、瑶子の同じように座らされた。
「失礼いたします、菊乃でございます。瑶子を連れて参りました」
 そう言うと、部屋の中から声が返ってきた。
「お入りなさい」
 戸を開けると、その先にひとりの女が正座をしており二人を出迎えた。
 すぐに菊乃は頭を下げたが、瑶子は呆然として、その女の顔を見つめてしまった。
 年の頃は一〇代後半。瑞々しい肌と整った綺麗な顔立ち。しかし、顔の半分を覆う痛々しい痣。
 そして、瑶子はこれとそっくりな顔を見ていた。
「さっき見た顔」
 つぶやいた瑶子に菊乃は静かな目をして耳元で囁いた。
「そうであるなら、決して静枝様のお耳には入れないように、絶対でございます」
 内々に話す二人に静枝は声をかける。
「なにかあったのかしら?」
「いえ、なにもございません」
 すぐに菊乃が答えた。
 まだ瑶子は呆と静枝の顔を眺めてしまっている。
 鏡に映ったあの顔を瓜二つ。違うのは痣があるかないかくらいだ。
 痣の他にも気になる点があった。
 大きく膨れた静枝の腹。
 その視線に静枝も気づいたようだ。
「もう半月もせず生まれるわ、双子の姉妹よ」
 瑶子は驚いた。
「双子、それも姉妹とわかるのですか?」
「そういう定めなのよ」
「旦那様は?」
 一瞬、空気が凍り付いたような気がした。
 菊乃は無表情のまま口を結んでいる。
 静枝は妖しく微笑んだ。
「此の世にはいないわ。それも定めなのよ」
 よく瑶子には理解できなかった。
 とりあえずは一見させたので、菊乃は早々に去ることにしたらしい。
「わたくしどもはあさげの準備がございます。これにて失礼いたします」
「あ、失礼します」
 慌てて瑶子も頭を下げて、先に出て行ってしまった菊乃を追いかけた。
 部屋を出て廊下を歩き出すと、瑶子は不思議そうな顔で菊乃にあることを尋ねる。
「ほかのご家族にご挨拶をしなくていいのですか?」
「今この屋敷で暮らしておられるのは静枝様だけ、わたくしたちを加えるなら三人だけでございます」
「だってほかにも家族が?」
 なぜほかにも家族がいると思ったのか?
 そうだ、菊乃がいつだったか「ご家族」という言い方をしたのだ。ひとりしかいないのであれば、そのような言い方はしないだろう。
「もうすぐ双子のご息女がお生まれになります。そして、しばらくしたら家庭教師を向かい入れるともおっしゃっておりました。わたくしたちの仕事も増えることになりましょう」
 と菊乃は言ったが、家族はこれから増えるのであって、今いるわけではない――筈だ。
 言葉を細かく気にしすぎなのだろうか?
 二人は台所がある土間に向かっていた。これから朝食の準備をするためだ。
 侍女としての勤め。
 当たり前のように事が進んでいく。
 瑶子は今になって疑問に思った。
「ところで、なぜあたしはここにいるのですか?」
「それはこの屋敷の奉公人だからでございます」
「そういうものなのですか?」
「あなたが生まれた時からそう決まっております」
「生まれたとき……そう言えば昨日以前のことを覚えてないのですが?」
「それは特に気にするほどのことではございません。あなたはここで自分の勤めに精を出せばいいのです」
「そういうものなのですね」
 とても不思議だが、なぜか納得してしまった。
 こうして二人は朝食の準備をした。用意したのはもちろん静枝の分。ほかにあとで頂く物として、自分たち二人分も別に用意した。
 やはりこの家には三人しかいないのか?