あやかしの棲む家
静かな笑みを浮かべ、母はこの部屋を早々に後にした。
残された姉と妹。
緊張感が部屋を満たし、美花は息苦しさを感じた。
ゆっくりと美咲が立ち上がった。
「わたしに付いておいでなさい、屋敷の中を案内して差し上げますわ」
「はい、お姉さま」
同じ声音。同じ顔。しかし、同じ人間ではない。
この姉妹はまるで朝と夜。
夜はその闇の中に何を隠すのか?
美咲の微笑みは昏い陰を含んでいた。
「家の者にはもう会ったかしら?」
「菊乃さん以外にもお二人とすれ違いましたが、お名前までは聞く時間がなくて」
「すれ違った二人には何かされませんでしたこと?」
「いいえ、会ったのはたぶんわたしと同い年くらいのお手伝いさんと、その方が追いかけていた小さな女の子でした。お二人とも悪い方には見えませんでしたけど?」
「それは侍女の瑤子[ようこ]と、我が家で預かっている?るりあ?ね。会ったのがその二人でよかったわ。この屋敷にはわたしたちに危害を加えるモノも多いから」
危害を加えるモノ?
わたしたちとは誰を示す言葉のなのか?
それ以外にモノたちはいったい誰なのか?
怖くて美花が問うことができずにいると、不気味に美咲は嗤った。
「目に見えるモノが全てではないわ。この屋敷は昔から怨念に血塗られているらしいから」
眼を剥いた美咲は狂気の相を浮かべながら嗤った。今まででもっともおぞましい表情。
背筋が凍りつく思いを美花はした。
壊れている。
――貴女は本当にわたしの姉なのですか?
それはまるで禁忌の問いかけ。口に出すことは恐ろしい。
もしも?肯定?されてしまったら……。
思い描いていた世界。
思い描いていた姉の存在。
全てが音を立てて崩れそうだった。
その場に立ち尽くしていた美花に美咲が優しく微笑みかけた。
「どうしたの、行きましょう?」
その笑みはまるで別人のようだった。
作品名:あやかしの棲む家 作家名:秋月あきら(秋月瑛)