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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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あやかしの棲む家

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双生児


 それは運命の糸に弄ばれた惨劇。
 山里の小さな村、そのはずれにある大きな屋敷。
 村の者は決して寄り付かない呪われた一族。
 その屋敷に訪れることになった、ひとりの少女。
 叔父は村の入り口までしか、美花[みはな]を送ってはくれなかった。
 明らかに様子の可笑しかった叔父。村が近づくにつれて、唇が蒼く染まり、顔から汗を噴出していた。
 なにを恐れることがあるのだろうか?
 美花が屋敷を訪れることになった理由。それは実の母と、つい最近に知らされた双子の姉に会うため。
 どこに恐れることがあるのか?
 本当に恐れられるのは自分だと美花は思った。
 こんな自分を今まで育ててくれた叔父夫婦。いや、本当は影で自分のことを恐れていたのかもしれない。
 ――悪魔の子。
 そう影で囁いていたのかもしれない。
 屋敷までの道を村人に尋ねると、皆一様に顔を伏せて、無言になってしまった。やっと教えてくれた村人も、屋敷の方向を指差すだけだった。
 美花は見ていた。屋敷を示す村人の指が酷く震えていたことを――。
 屋敷が大きなことは、外からでも十分に知ることができた。
 大きな門の前に小柄な娘が立っていた。
 服装はあまり上等な物ではなく、腰に巻かれた白い前掛けを見るに、侍女だということがすぐにわかった。
 いや、それにしては綺麗な娘だ。
 黒く美しい髪、端正な顔立ち、上等な着物を着せれば、和人形のように美しく飾られるだろう。ただ、この娘は表情と愛想に欠けていた。
 美花に軽く会釈した娘は、なにも言わずに屋敷の中へと歩き出した。
 慌てて美花は追いかけて歩いた。
 その瞬間、美花の足首が誰かに掴まれた。
 驚きにあまり美花は声も出せずに全身から血の気が失せた。
 しかし、何もなかった。
 こんな場所で誰かに足を掴まれる筈などないのだ。
 侍女は足を止めて待っていてくれた。
 美花は何事もなかったように取り繕おうとした――のだが、侍女の視線の先を追ってゾッとした。
 侍女は美花の足元をじっと見詰めていたのだ。
 何事もなかったように歩き出す侍女。
 美花も何事もなかったように努め、侍女に話かけることにした。
「あの、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「菊乃[きくの]と申します」
 最低限の礼儀は心得ているらしく、しっかりと名を答えてくれた。けれど、淡々とした口調と愛想のない顔。菊乃から話題を振ってくることはなさそうだ。
 さらに美花は会話を続けようとした。
「わたしは美花と言います」
 相手が自分の名前を知らないはずがないが、これは売り言葉に買い言葉だ。
 会話が途切れないように美花は話し続ける。
「菊乃さんは、ここのお手伝いさんですよね? 住み込みで働いているのですか? ここに勤めて長いのでしょうか?」
「…………」
 質問が多かったのか、それとも無駄話はしたくないのか、菊乃は黙ったまま淡々と前を歩いていた。
 そうしているうちに玄関までたどり着いた。
 玄関で美花を出迎えてくれる者は誰一人といなかった。
 実の母も、双子の姉も、まだその姿を現さない。
 家の中は静かだった。
 前を歩く菊乃の足音も聞こえない。
 聞こえるのは美花の足音だけ。
 そこへ騒がしい足音が聞こえて来た。
 廊下を走る二つの音。
 すぐに前方から幼い少女が駆けてきた。
 美花は少女をかわそうとしたが、運悪く避けた方向に少女も動き、二人はぶつかってしまった。
 少女は美花の顔を上目遣いで覗き込むと、すぐに駆けて行ってしまった。その後を追うように新たな侍女の娘が現れ、美花の顔を見て?いつものように?軽く頭を下げて立ち去った。
 美花は呆然としてしまった。
 不思議な光景を見たような気がした。
 あの幼い少女の頭から、角が生えていたような気がした。
 見間違え立ったかもしれない。でも、髪の毛に隠れた2本の角が見えたような気がした。
 考え込みながら美花が視線を上げると、菊乃がただじっと美花を見つめていた。
 再び廊下を歩き出す菊乃。美花はついて行くしなかった。
 大きな庭を見渡せる縁側を歩き、閉められた障子の前で菊乃は足を止めた。
 菊乃は何も言わなかったが、その障子を開けるように促しているのはわかる。
 この障子の向こうに誰かがいる。
 美花が部屋に入ろうと決意したと同時に、心を読み取ったように菊乃が障子を開けたのだった。
 部屋の奥を見た美花は息を呑んだ。
 そして、思い出したように言葉を喉から搾り出した。
「は、はじめまして……」
 それ以上の言葉を思いつかなかった。
 自分と同じ顔がそこにある。わかっていても驚いてしまった。
 いや、それよりも驚かされたのは母だ。
 直感的にそこに座っている着物の女が母だとわかった。その母の顔には、痛ましい痣があった。顔の半分を埋め尽くすほどの痣。
 とても美しい人だった。とても綺麗な人だった。だからこそ際立つ醜い痣。
 美花はその痣から視線を逸らした。
 何を思ったのか、母は静かに笑った。
「さあ、こっちへいらっしゃい美花」
 はじめて母から名を呼ばれ、戸惑いながらも美花は母のすぐ前に正座をした。
 母の手が伸び、美花の両手を優しく握った。
「逢いたかったわ」
「わたしもです」
「そちらのいるのがあなたのお姉さんの美咲[みさき]よ」
「こんにちはお姉さま」
 美花が笑いかけると、姉の美咲は不気味に笑った。
 自分はあんな表情をしたことがない。あんな恐ろしい笑みを浮かべたことはない。だが、まるで鏡に映った自分を見ているようで、美花はとても恐ろしく感じた。
 そう、まるで自分の裏の顔を見てしまった気分だ。
 顔は同じなのに、そこにいるのが姉だと信じることができない。
 中身が違いすぎる。直感的にそう感じられた。
 母は美花の手を愛でた。
「綺麗な手……美咲にそっくりだわ」
 そう言いながら母は美花の手を自分の頬にこすりつけた。そこはあの醜い痣がある場所。美花の手の甲に伝わるざらざらした感触。鮫の肌を触っているような感触だった。
 母が為すがままに美花は自分の手を委ねた。
 しかし、母の舌が手を這って、指を口に含もうとした瞬間、急に美花は手を引いて逃げた。
 驚いた美花の顔を見ながら微笑んでいる母。その傍らでは美咲も不気味に笑っていた。
 同じ血を引いている肉親の筈なのに、まるで蚊帳の外にいるような気分を美花は味わった。
 美花は不安だった。
 もう叔父夫婦の家に帰ることはない。今日からこの屋敷で暮らすことになる。この家に馴染むことができるか不安だった。
 積もる話もいろいろあったが、美花はなにから話していいのかわからない。向こうから投げかけられる言葉もなかった。
 美咲は依然として不気味に笑っている。母は美花を見つめて微笑んでいた。
 この場で戸惑っているのは美花だけのようだ。
 母が静かに口を開く。
「まだ来たばかりで戸惑うのはわかるわ。でも大丈夫、あなたはわたくしの娘なのですから、すぐにこの家にも慣れるでしょう。美咲、この屋敷を案内してあげなさい」
「はい、わかりましたお母様」
「わたくしは用事があります。夕食の時にまた会いましょう」