あやかしの棲む家
ここで一服するか克哉は迷った。
あと二本。
吸いたくて堪らない。後先のことを考えるよりも、今だ、
克哉は煙草を咥えライターで火を付けた。
「ふぅ……」
残り一本になってしまった。
最後の一本は屋敷を出たらと思ったが、その思いも長く続くとは限らない。
煙草を吸い終えるとさっそく作業に取りかかる。
まずは近くにある穴からだ。
埃を払い番号を確認して、穴を覗く。
――眼。
「わっ!?」
短く叫んで克哉は腰を抜かした。
穴の先に見えた目玉。誰かがこちらを覗いていたのだ。
凍えるほど寒く、全身が震える。
汗が噴き出してきた。
今のいったい?
確かめるために再び覗く気にもなれない。
偶然か?
屋根裏の穴を知っている者がいたのか?
しばらくすると天井を叩く音がした。何度も何度も天井を叩いている。先ほどの穴があった部屋だ。鬼気迫る勢いで猛烈に叩いている。
音は移動している。棒か何かで部屋を歩き回りながら叩いているのか?
確実に克哉の存在を気づかれている。そうでなければ、あんなにも威嚇するように天井を叩くものか。
克哉は静かに後退った。
その場を離れ、生活空間まで戻ると、机の上に登った。
そして背は壁に付ける。
克哉を捜しに屋根裏に誰かが来るか?
瞬きの回数が減る。
耳も研ぎ澄まされる。
心臓の鼓動は加速して止まらない。
「大丈夫だ……大したこったない」
小さくつぶやいた。
早くも最後の一本を口に咥えた。まだ火は付けない。咥えているだけでもだいぶ安心する。
屋根裏は静まり返っていた。
――誰も来ない。
時間だけが過ぎていく。
――まだ誰も来ない。
このまま誰も屋根裏に現れないのか?
克哉は淡い期待を抱く。
もしかしたら自分の存在を知られていないかもしれない。
屋根裏は暗がりだ。向こうから覗いても、こちらのようすはよく見えなかったはず。
克哉は首を横に振った。
あのとき叫んでしまったし、腰を抜かしたときに尻餅までついて音を立ててしまった。
ではなぜ屋根裏に来ない?
屋根裏の入り口がわからないのか、それとも向こうも怯えて確かめに来られないのか。
克哉はばれたことを前提に考えることにした。用心をして対策は練っておくべきだ。
まずはいつ誰かが来るとも知れない屋根裏を抜け出したい。
それには下のようすを探る必要がある。
穴を覗いて確かめるのか?
それとも確かめもせず下りてみるのか?
――下りられない。
これは物理的にというより、精神がこの場に縛られてしまった。
軟禁状態になってしまったのだ。
下りられないなんて言って、一生ここにいるわけにはいかないのは明らかだ。
ここには水も食料もないのだ。数日も保たないだろう。数日も待つ必要はないかもしれない。その前に誰かが屋根裏に登ってくる。
すべては時間の問題だ。
なにをそんなに恐れている?
相手はたかだか人間だ。
本当に人間なのか?
噂を思い出せ。
風呂場で見た静枝を思い出せ。
そして、あの眼だ。
あの目玉はいったい誰だったのか?
今まで見た人物の中にいただろうか?
勝手口で見た侍女。
美花と呼ばれた少女と瓜二つのもうひとりの少女。
当主である静枝。
なぜか心を惹かれた侍女。
あと何人くらいこの屋敷にはいるのだろうか?
連れて来られている若い少年たちはどこに?
また時間だけが過ぎていく。
このまま屋根裏に誰も来ないのか?
来ないのならそれに越したことはないが、来ないのならずっと緊張が解けない。
机の上でじっとしたまま、恐怖を思い描きながら時間が過ぎていく。
長い時間だった。
やがて陽も落ちはじめた。
このまま夜更けまで待って住人たちが寝静まるのを待つか?
いや、逆にこちらが寝静まったのを見計らって、そのときこそ屋根裏に登ってくるかもしれない。
いつになったら屋根裏から下りられるのか?
このまま見つかってしまえば気も楽になるかもしれない。
もしも見つかるなら誰がいいのか?
静枝には見つかりたくない。
ほかの者だって見た目にはわからない狂気を秘めているかも知れない。
「……すべて俺の妄想か?」
じつは恐怖など存在していないのか?
克哉が煙草に火を付けることはなかった。
ただただ時間だけが過ぎていった。
作品名:あやかしの棲む家 作家名:秋月あきら(秋月瑛)