あやかしの棲む家
ライターの火を灯す。
遠くまでは暗くて見通せないが、屋根裏は思ったよりも広かった。屋根も高く立って歩けるくらいだ。
足下には埃が溜まっている。
暗がりで何があるのかわからないので慎重に歩く。足下だけでなく、頭も気をつけなくては
いつ梁にぶつかるかわからない。
少しずつ目が慣れてきたが、それでもライダーだけの灯りでは心許ない。
驚くべき物を見つけて、出そうになった言葉を引っ込めた。
そこにあったの部屋だった。いや、この屋根裏自体が巨大な部屋だったのかもしれない。
質素ではあるが家具一式が揃っている。どこれも埃を被っていて、長らく使われていないことは明らかだ。
ありがたいことにまだ使えそうな蝋燭もあった。すぐにライターから火を移した。
蝋燭に火を付けると、先ほどよりも見通しがよくなり、小さな雨戸を見つけることができた。
雨戸に手を掛けるがなかなか開かない。
「くっ……この……っ!!」
勢いよく開いた雨戸。全体重を掛けて開けようとしたため、開いた反動で克哉は転んでしまった。
屋根裏に響いた大きな音。
克哉は身の凍る思いをした。
今さら息を潜めるが、鳴ってしまった音は消すことができない。
すぐに屋根裏に誰か上がって来やしないか肝を冷やす。
誰にも気づかれていないことを祈るばかりだ。
仕方がないので克哉は気を取り直すことにした。この屋敷のどこにいても気は休まらないのだ。
雨戸を開けるとさらに屋根裏は明るくなった。
息を止めて椅子に乗った埃を静かに払う。山盛りの埃を手から落としてから椅子に腰掛けた。
自然と溜息が出る。
ズボンから出した煙草の箱は潰れてしまっている。残りは三本。いったん口に運んでから箱に戻そうとしたが、やはり口に咥えることにした。
ライターで煙草に火を付ける。
ふかした煙を雨戸の先に見える空に向かって噴き出した。
安堵と余裕が生まれた。
煙草を吸い終えたが灰皿がなかった。
まさか灰皿なんてないだろうと探してみると、別の物を見つけてしまった。
机の隅に黒く焼け焦げた箇所があったのだ。それは何度も熱源を押しつけた点の集合体で、まさかと思いながらも克哉はそこに煙草を押しつけてみた。すると同じような焦げ痕ができたではないか。
煙草を消すとちょうど手の届くところにごみ箱があった。空だった中身に煙草を放り投げる。
屋根裏に棲んでいた住人に思いを馳せてみる。
もしも煙草を吸う人物だったとしたら、灰皿くらい用意しろと思うところだ。不精者か何かだったのだろうかと思いながら、克哉は自らの顎に生えた無精髭を撫でた。
屋根裏の住人の人物像を探るにはまだ情報が少ない。
さっそく家具などを調べて見ることにした。
机には幾つもの引き出しがあった。全部鍵穴がついている。さらに鍵も掛かっていた。
箪笥も調べて見よう。
こちらも鍵穴があった。そして、どれも開かない。
こんな場所、滅多に人の来る場所ではない。屋根裏なんかにある家具に鍵など必要だろうか。
それほど重要な物が中に入っている――としても、この全部にだろうか。
本当に重要な物がたくさんあるのか、それとも相当用心深いのか。
灰皿も用意していない人物が?
開かない以上はどうしようもない。壊してもいいが、価値が生まれるかどうかは壊してみないとわからない。それに壊すには一苦労どころではない苦労をしそうだ。
克哉は別の物を調べることにした。
置かれていた寝具はベッドだ。埃が酷くて今すぐ寝る気にはなれない。
どのくらいこの屋敷にいることになのか。それはまだ克哉にもわからなかった。
そう考えると休む場所が必要だ。
静かにベッドの埃を払うことにした。なかなか骨の折れる作業だ。
だいぶ時間が掛かった。目で見える上に乗っていた埃払うことができたが、寝た瞬間に埃が舞い上がりそうな気がする。両手も酷く汚れてしまった。手を洗いたいところだが、屋根裏には水道までは用意してなかった。
そもそも、この屋敷自体に水道が通っているとは考えづらい。
克哉は普段の生活を思い出した。
三流ルポライターで狭い共同住宅に住んでいるとはいえ、水道くらいはちゃんとある。食べ物だって自給自足ではなく、お金を出して買う物である。
とは言っても、幼い頃は田舎に住んでおり、水はいつも井戸からくみ上げていた。そのくみ上げを仕事をさせられていたのが克哉だ。
克哉は煙草を再び吸おうとして、どうにか堪えた。あと二本しかない。
「……まあ、住めば都か」
こんな屋根裏でも、長く住めば都かもしれない。
ただ、そんなに長居をしたいとは思わないが。
克哉はほかの場所に移動することにした。この場所は生活空間だろう。屋根裏のほかの場所には、またなにか別のものがあるかもしれない。
手に持てる蝋燭台を見つけた。蝋燭も設置してある。雨戸を開けて日が入ってきたが、奥はまだ暗闇だ。蝋燭台を持って行くことにした。
雨戸はほかの場所にもあった。
今度は慎重に開ける。また大音を立てて肝を冷やすのはごめんだ。
徐々に屋根裏の全貌が明らかになってくる。
本当に広い屋根裏だ。おそらく屋敷とほぼ同じ大きさだろう。
もしかしてと克哉は思った。
屋根裏への道は意図的な作られていた。果たしてあの場所だけが出入り口なのだろうか?
この屋根裏からすべての部屋に行けるような気がしたのだ。
埃が邪魔で足下がよく見えない。
さすがにこの広い屋根裏を掃除する気にはなれなかった。
出入り口がほかにあったとしても、これでは探すのに苦労しそうだ。
這いつくばって床を調べるなら、掃除したほうが楽そうだ。
とりあえず足で少しずつ埃を払いながら進んでいく。
しばらくして、何やら床に書かれた白い模様を見つけた。
縦に三本の線。文字だとしたら?川?だろうか?
向きを変えて改めて見た。そうすると?三?のようにも見える。
さらにほかにも模様が描かれていた。ただの丸だ。これは見る方向を変えても丸は丸だろう。
目を凝らして丸を眺めていると、まるで夜空で微かに輝く星のような物が見えた。光が漏れている。埃を払って目を近づけた。
それは間違いなく穴だった。大きさは針穴よりは大きいが、だいたい錐で開けたくらいなものだろう。
さらに穴に目を目を近づけた。
見える!
かなり見づらいが部屋の中を見ることができた。
しかも部屋には誰かいるではないか!?
物音一つ立ててはいけない。
克哉に緊張が走った。
作品名:あやかしの棲む家 作家名:秋月あきら(秋月瑛)