あやかしの棲む家
そこに棲むものたち
それは運命の糸を覗き見た末路。
男は尋ねた。
村人は答えず。
誰もが口を閉ざす呪われた一族の怪。
雑誌の取材だと説明すると、早く帰れと怒鳴られた。
そのような扱いをされると逆に興味がそそられる。
立川克哉はその屋敷に直接向かうことにした。
取材をしていた山里の小さな村からだいぶ距離があった。こんな場所に屋敷があっては不便だろう。狩人や農民であるなら自給自足もできるだろうが、立派な屋敷を見る限り、物資は遠方から運ばされているように思える。
そう考えると、新たな疑問が浮かんでくる。
こんな辺境でどのようにして生計を立てているのだろうか?
この辺りの土地を所有していて、あの里からの税収のような物があるのだろうか?
「……ったく、誰も取材に答えてくれないから、なんにもわからずじまいだ」
愚痴をこぼしながら克哉は屋敷に近付いた。
悪寒がした。
「嫌な感じの屋敷だ」
何がと問われると答えるのは難しい。大雑把に言えば雰囲気。普段は無邪気な子供の笑い声も明るく聞こえるが、ここでそんな声が聞こえてきたらぞっとする。
大きな正面門は固く閉ざされていた。克哉はそこから堂々と中に入る気がしなかった。門を開けてもらうには人を呼ばなくてはならないが、まだ屋敷の者とは会いたくない。
まずは屋敷に周りを歩いてみることにした。
背の高い垣根が続いている。
垣根は唐竹で作られた格子の物で、四つ目の隙間から中のようすを伺うことができる。
庭には草木一つなく、枯れた大地が深々と広がっている。
屋敷は平家建て、雨戸などはすべて閉められ、閉鎖的な印象を受ける。見通しのよい格子とは対照的だ。
さらに進むと竹林が広がっていた。鬱蒼としていて、あまり進んで入りたいとは思わない。
道を戻り逆方向から屋敷の周りを歩いてみると、今度は崖がありそれ以上は進むことができなかった。
克哉は垣根に足を掛けた。体重を乗せても大丈夫そうだ。そのまま垣根を登った。
折り返して下りようとしたとき、足に何かがぶつかり掬われた!?
「お…っと」
垣根から手足が離れた。
「うっ」
どしりと音を立てて克哉は腰から地面に落ちてしまった。
腰を押さえながら立ち上がって、周りを見回してみるが何もない。
見通しのよい何もない庭だ、屋敷の者が現れたらすぐに見つかってしまう。垣根を越えて入ってくるような真似をしたのだから、こんなところで住人に見つかっては意味がない。
小走りで屋敷に近付いた。
固く閉ざされた雨戸。中からの気配はなく、静まり返っている。
どこか中へ侵入する場所はないかと歩き出そうとしたとき――がたっ、がたがたがた!
騒々しい音が中から聞こえてきた。
耳を澄ますと、すぐに音は聞こえなくなってしまった。
もうしばらく耳を澄ませてみたが、もう音が聞こえてくることはなかった。
見切りをつけてほかの場所へと移動する。
窓の一つも開いていそうだが、まるで空き家のように閉ざされている。
しかし、先ほどの音からわかるように、中に何者かがいることは間違いないだろう。
屋敷の裏手まで来ると扉の開く音が聞こえ、克哉は慌てて身を隠した。
勝手口から出てきた侍女らしき少女。
機会は今しかないと思い、克哉は勝手口から屋敷の中に侵入した。
脱いだ靴を片手に持ち、早々に台所から立ち去る。
広い屋敷とはいえ、無闇に歩き回ればすぐに住人と鉢合わせしてしまうだろう。しかもまだ真っ昼間だ。さらに鉢合わせの危険性が高まる。
これだけ広い屋敷だ。あまり使われていない部屋があるに違いない。
廊下には余り長居をしたくない。気配がしたら近くの部屋に逃げ込みたいところだが、この場所ではそれも叶わないらしい。
部屋の戸には赤い札が貼られている。それもそこかしこの部屋の戸だ。剥がして中に逃げ込めば一目でわかる。
それにしてもこの赤い札はなんなのだろうか?
自然に考えれば部屋の立ち入りを禁止しているのだろうが、部屋の立ち入りを禁止すること事態が自然ではない。それもそこら中の部屋だ。
多くの部屋が開かずの部屋となっているとしたら、開いている部屋に入った途端に住人と鉢合わせ、という確立が高くなる。広い屋敷でも、まるで狭い家にいるようなもの。こうやって屋敷の中を歩き回る危険性も高くなるということだ。
一歩踏み出した廊下が酷く軋んだ。体重を乗せる度に静かな廊下に音が響き渡ってしまう。
その軋みが逆に克哉の身に危険が迫っていることを教えてくれた。
誰かが廊下を歩いてやってくる。まだ曲がり角の向こうにいるらしいが、このままでは鉢合わせだ。
慌てた克哉は辺りを見回した。札のない部屋だ。
この場に立っていて見つかるくらいなら、部屋に入った途端に住人がいても同じだ。
克哉は速やかに部屋の中に入り、静かに戸を閉めた。
少し安堵できた。部屋には誰もいなかったのだ。
しかし、安心してもいられないだろう。
廊下からはまだ音が聞こえてくる。この部屋に向かっているという可能性は十分に考えられるだろう。
隠れられそうな場所は押し入れしかなかった。
開けてみると布団などが収納されていた。葛籠などの箱がいくつか入っているが、少しどかしてやれば大人ひとりくらいなら入れそうだ。
克哉は急いだ。
部屋の前で足音が止まった。
靜かに押し入れがしまるとほぼ同時に戸が開いた。
克哉は息を呑んだ。
ほんの少しだけ押し入れを開けて、部屋のようすに目を凝らした。
入ってきたのは少女だ。花の刺繍が施された着物を纏った清楚な少女。
少女は部屋でなにかを探しているようだった。
そして、克哉が隠れている押し入れに近付いてきたのだ。
もう一巻の終りだと克哉は思った。
言い訳など役に立たないだろう。見つかったときは相手を押し倒して一目散に逃げよう、とまで考えて覚悟した。
だがそのとき、部屋の戸が開き新たな少女が顔を見せた。克哉はその少女の顔を見て息を呑んで驚いた。今部屋にいる少女と瓜二つなのだ。
「美花いらっしゃい、探し物が見つかったわよ」
探し物――少しどきっとする言葉だ。
美花と呼ばれた少女は、同じ顔をした少女と共に部屋をあとにした。
忘れていた呼吸を思い出し、克哉は大きく息を吐いた。
周りの気配を探りながら念のため少し時間をおき、それから押し入れから出た。
やはり屋敷の中を歩き回るのは難しい。せめて夜中になれば状況が変わるかもしれない。それまでどこかに隠れていようか?
押し入れに目をやる。布団が収納されていることから、寝室である可能性が高い。こんなところに隠れていては見つかってしまう。
克哉はさらに押し入れの奥を見た。押し入れの天井。天井裏なんて場所は人が来る場所ではない。いるとしたら鼠や蜘蛛くらいだ。
どうにか天井裏に隠れられないものか?
克哉は押し入れの2段目によじ登り、布団を掻き分けるようにして天井を調べた。
天井が動いた。
外れたというよりは、まるで戸のように動いたのだ。はじめから屋根裏に入ることを前提に作られているかのようだ。
その意図的な仕掛けに不安を感じながらも、克哉は屋根裏へと登った。
作品名:あやかしの棲む家 作家名:秋月あきら(秋月瑛)