千切れた嘘
「詳しくは教えてくれなかったんだもん。えーっとなんだっけな、忘れた! でも今もうそのカレの方は結婚してるとか。子供生まれるだか生まれただかって言ってた気がする」
「へぇえ、それって結構年の差あるんじゃなぁい――」
ミサンガのジンクスについて話して一週間と経っていなかった。
閉じた瞼の裏、七海の黒い瞳が、弧を描いた唇が、ゆっくりと耳元に近づいてくる気配が鮮やかに思い出された。
「元彼が死んだって、あれ、嘘だろ」
きっと七海はまたあの怯んだ目で俺を見返すだろう、不自然に顔を強張らせるかもしれない、そう思った。むしろそうしてほしいと思った。今度こそ、俺は目を反らさない。
だけど、違った。
「そうだよ」
七海は間髪入れずにそう答えた。
「なんだぁ、バレてたんなら言ってよねー」
あっけらかんと言い放つ表情は、こっちが戸惑うほどに緊張感の欠片もなかった。そして、さっきまでの弱々しさも。
七海は軽やかに続ける。
「まぁ嘘ってほど嘘でもないんだけどね」
「でも、お前の友達が」
「うわぁ、そこから漏れてたの? やだなあ」
そう言いながら、いつかのようにきゃらきゃらと笑った。
「もうあの人とは会わないし、会えないから。だから死んだも同然でしょう」
私が、私の中で、あの人を殺しちゃっただけの話。死んだも同然なら、殺したっていいでしょう?
七海の口元はいつかのように挑戦的だった。冷静な瞳は真っ直ぐ俺を見据えていた。澱みも揺らぎも、そこにはなかった。覚悟だけが目の奥で濡れたように光っていた。
俺が目を反らさないところで、変わるような何かは、そこにはなかった。
七海の右手はポケットの中で、きつくミサンガを握り締めている。
気付いてしまった。
ミサンガには、輪が千切れたら願い事が叶うというジンクスがあるという。
でも。
七海のミサンガは輪ではなかった。携帯にだらりと垂れ下がった、ただの紐だった。
願い事なんて、最初からなかったのだとしたら?
(なぁ、そのミサンガ、お守りか何かなのか?)
自分の言葉を反芻する。
あの紐が七海の感情や気持ちを、閉じ込めるためのものだったら。殺しちゃったと言った記憶の中の「あの人」を一緒に葬った証だったなら。形見。輪を描く必要がない、お守り。
(……たった一人を愛せますように)
七海の囁く声が蘇る。
あれは、あのはぐらかしたように笑い飛ばした願いは、きっと四年前の七海の本音で、「たった一人」は決まっていて、もうそれは叶ってしまっていた。
七海の鮮やかな笑いと強い眼差しを思い出す。そしてほんの一瞬見せた無防備さを思い出す。その表情の差にじりじりと胸を舐め上げられる。不快、ではなかった。あんなに器用に笑えるくせに、震える指先の不器用さが可笑しかった。可笑しくて少し、腹が立った。
彼女がミサンガをまた失くせばいいと意地の悪い考えを思って、ゆるゆると首を振り打ち消す。そして願う。
七海が心の中に、千切れることのない強さを持てますように。
できないならあのミサンガを超える希望を見つけられますように。
見つけられなかったら、その時は。
その時は、形見なんて捨てて俺を選んでくれたらいいのに。