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二人の孤独

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高校二年。僕はひとりだった。
部活にも入らず、学校の勉強も大してするわけじゃない。いつも真ん中くらいか、むしろ後ろの方だ。小さい頃は一人で遊ぶのが好きで、粘土でひたすら色々な物を作った。使うのは油粘土で、何かを作ったらそれを数分眺めてから、壊してはまた次の創作物に勤しむ。親に買ってもらった動物図鑑の動物を片っ端から真似て作ったり、父親の書斎の部屋を模して、間取りから、机の上の鉛筆やデスクライトに至るまで詳細に作ってみせた。しかし、それも寿命は三十分程度であった。僕は握りこぶしを金槌のように振り下ろしてそれを壊した。中学二年まで続いたその遊びも、その痕跡を残すものは、一度だけ土粘土で作った土偶に似た人形だけであった。母はそれをなぜか神棚に飾っている。
「なんか、かわいいじゃない」
 母はそう言って年末の大掃除では土偶ちゃん(母が命名)の埃もきっちり掃う。
 粘土の遊びが終わってからは、ひたすら本ばかり読んだ。家中の本を持ってきて暇さえあれば読みふけった。幸い、父も母も大学の教員で読書家だから読む本には事欠かなかった。読んだ本からは色々なことを知ることができたけど、それを親以外に話すことはなかった。なぜかは自分でもはっきりしないが、学校のクラスメイトや先生は自分や親とは異質なものに見えて、話すのが怖かった。実際に話すと僕の口からは思ってもいない嫌味な言葉ばかり吐き出された。なぜ家族と話すように話せないのだろう。深く悩んだ時期もあったけれど、年齢を重ねるにつれて気にしなくなっていた。それは話さなくても済むと気づいたからだろうか。それとも想いと言葉の壁を壊してくれる何かを待つことにしたからだろうか。
 青いコンクリート製の冷えた廊下を歩きながら、自分のこれまでの身の上を復習し、足並みを乱さないように歩いていた。中庭に面した一階の廊下は、理科室や図書室などが並ぶだけだ。人の熱はなく冷たい朝の空気が留まっていた。廊下の突き当たりまで行くと僕は廊下の窓を開け、中庭を見渡す。春の暖かい空気が肌に触れ、緑の葉の苦そうな匂いがしてきた。
 昼休み、僕はいつもこの廊下から中庭を眺める。中庭には大きな桜の木が1本植わっていて、つややかな新緑の葉とわずかに残されたピンク色の花びらが散りばめられている。いつもぼさぼさ頭の母さんみたいだ。
両親は共働きだったが、1人っ子だった僕はそれなりに愛情を注がれて育った。でも、小さい頃から両親以外の人と話すのが苦手な僕は皮肉のようなことばかり相手にぶつけてしまう。おかげで同級生からはクールボーイのレッテルを貼られて、「ポーカーフェイス和真」なんて呼ばれていることも知っていた。自分でもなかなか大層な名前で「和」の欠片も自分にはないと思っていた。
 ぼさぼさ頭の母さんの頭を眺めながら、次の母の日には綺麗な櫛でも贈ろう、そんなまどろんだ考えは次の瞬間にかき消された。急に視界が遮られ、一瞬何か分からなかった。僕の思考回路は瞬時に目の前に現れたものを識別し、それが人の顔だと分かった。この子は………草壁由子。同じ2組の学級委員だ。頭脳明晰、快活明朗。おまけに肌は白く透き通っている。陸上部なのになんでこんなに肌がきれいなんだろう。
 二人は校舎と外を分かつ壁を境にして数秒間見つめ合った。ショートヘアで濃く艶のある黒髪からのぞく小さく端正な顔が、僕をまっすぐ見つめている
「なんの用だよ」
「今、笑ってなかった?」
草壁由子は僕の顔をモナリザの絵でも見るように、意味深げに見つめた。
「だったらなんだよ。近いんだよ。顔が」
「キミでも笑うんだ。はじめて見たかも。ちょっと、歪んでたけど」
 日本的な切れ長の瞳は少し意地悪げに三日月に光っている。皮肉にもブスとは言えない。
「邪魔だよ。どっかいけ」
「キミはいつもひとりでいるね。話したら意外と普通なのに。いったいぜんたいどうしてなのかしら。学級委員として不思議よ」
「理由なんてないね。おれはひとりが好きなわけでもない。ただ誰も近寄ってこないだけだ」
「あら、じゃあ私が久々の来客かしら?キミがどんな接待をするのか興味があるわ。もしかしたら誰も近寄ってこないのはキミの接待に問題があるからかもしれないし」
「草壁さんだっけ?言っておくけど、余計なお世話過ぎるよ」
 彼女は一歩離れて、口角を一杯に引き上げて、にっこり笑いながら言った。
「そう。じゃあ足繁く通うことにするわ。そうすればキミもちょっとは笑うようになるかもしれないしね。それじゃ、次の授業の準備あるから」
 そう言うと、職員室の方へ歩いて行った。彼女が纏っていた空気が微かに揺れて僕の鼻をこすった。なんて慌ただしい子なんだ。話したら意外と普通って。少し話しただけなのに。彼女の制服の姿が見えなくなっても、意味もなく職員室の方を見続けていた。

第二章

 廊下から空を見上げる。校舎に四角形に切り取られた青い空にトンビが一匹旋回している。トンビは羽をほとんど動かさいので、回っているのはトンビではなく僕の方なのかと錯覚してしまいそうだ。こんな錯覚を時折するのはなぜだろう。通学の時のバスでは動いているのは街で、止まっているのが僕。息をしているのは僕じゃなく、空気の方なんじゃないかって。あらゆる物事は相対的で、本当はどうなっているかなんて僕には何の価値もないように思えた。それにこんな考えもある。本当の真実は、本当の、本当の真実は錯覚の方なんじゃないかって。
 目を中庭に移すと、桜の木の下に松葉牡丹が地面を埋め尽くすように生えている。僕はこの松葉牡丹が花をつけないことを知っている。校舎の中庭の地面にはあまり日は当たらない。さらに大きな桜の木のおかげで正午になっても木洩れ日しか彼らに光は当たらない。世界は往々にして不平等で光は必要なところまでは届かない。
 草壁由子は昼休みが終わる十五分前にやってきた。少し息を切らして額には汗が光っている。僕は彼女を見て瞬時に考えを改めた。光は確かに決まった所にしか当たらないが、自ら光り輝くことはできるのかもしれない。そういう可能性は残されているのかもしれない。
「待った?」
「別に待ってねーよ。何してたんだ?」
「筋トレ!今日は放課後に生徒会の集まりあってさ。練習できないから」
 陸上部と生徒会のかけもちがどれくらい大変なのかは想像できないが、僕には無理だろう。疲れているはずなのに、彼女の頬は艶がいつも以上にあって、目は少し涙目になっている。顔全体がほのかに赤くなり、透明な肌に一層の奥深い色合いを与えていた。
 少し黙った隙に、僕は彼女を置き去りにした。
「なによ。怒ってんの?これでも急いできたんだから。昨日あんなでかい口叩いておいて初日からサボりじゃ示しつかないでしょ」
「怒ってないし、示しも何のことかさっぱり分からないけど」
「まぁいいわ。時間がないからいきなりだけど質問してもいいかな?」
「好きにすれば」
「最近はどんな本を読んでるの?」
 少し予想外の内容で、僕は彼女の考えていることを推し量ることができなかった。僕はとっさに正直に答えた。
「一昨日に読んだのは潮騒とか」
「ふーん。最近の若者の趣味ではないわね」
「なんだよ。自分だって読んだことあるんじゃないか」
作品名:二人の孤独 作家名:フライト