りんみや 陸風の美愛
その言葉に娘は思いっきり吹き出した。それって今頃、プロポーズ? と腹を抱えて笑っている。釣られるように、真理子も吹き出した。おいおい、と父親は冷汗をかいて、ふたりを交互に見ている。
「それじゃあ、ユキは大変よ。キャスとDGとママと三つ巴で取り合いになっちゃって収拾がつかないでしょうね、ママ。」
「まあ、美愛・・・みやくんは私と最終的に結婚したんだから、私のものよ。キャスにもDGにも渡したりしないわよ。ママは一番わがままで強引だったから、みやくんを自分のものに出来たの。」
どうして、この人はいつもこうなんだろう。絶対に私の言い分を尊重して、自分は一歩下がってしまう。親子の会話に口も挟めずに、黙って動向を伺っている。娘に黙れと言葉でないほうで伝えて、妻は夫に向き直った。
「私はずっと、そのつもりでした。・・・・今更、あなたを一人にしたら、あなたが病気になっていないか心配で落ち着いていられないわ。・・・私は今でもみやくんが一番大切だし愛しているけれど、そのままの私を受け入れてくださるあなただから、一緒に最後まで付き合うつもりだったのに・・・あなたに愛想を尽かされたと思って落ち込んでしまったくらいよ。ねぇ、リッキー、私にとってあなたは夫で美愛は娘だというのは当たり前のことなの。だから、離婚なんて考えないでほしいの。それは私からお願いしたいことよ。このまま水野にいてください。美愛が結婚しても、この子がここから飛び出す日が来ても・・・」
殊勝な言葉が自分の口からすらすらと吐き出されたのは、真理子にも意外だ。相手も驚いているらしく二の句が接げないでいる。どちらも互いの意志の確認などしたことがなかったから、この土壇場で初めて互いが必要だとわかった。
「・・・こんなことは、もっと早く確かめればよかったね、マリー。」
「いえ、私がもっと早く話せばよかったんです。でも、あなたは私を受け入れてくれていたから、このままなんだと安心していて・・・」
「まあ、それなら美愛が大人になったらのんびりとさせてもらうことにしよう。」
「そうですね、美愛が結婚すれば、ふたりっきりになりますものね。」
おいおい、と横手で黙って成り行きを見守っていた娘は乗り出した。どうやら、自分は勝手に追い出されている様子だ。
「・・・・だからあ、私はどこにも行かないってば・・・ふたりとも次期当主を嘗めてるでしょ? りっちゃんはずっと私の傍にいることに決まっているの。必然的に、ママも一緒だから、私だけのけ者にしないでよ。」
「でも、美愛・・・・九鬼おじさんからニューヨークで修業するように申し渡されているでしょう? 」
「ええ、楽しそうだから修業には行くつもりはしてるけど、もちろん、りっちゃんは一緒に来るの。絶対に離したりしないからね。・・・・ユキはねぇ、本当はりっちゃんとずっと一緒に居たかったのに我慢してたのよ。だから、私は我慢しないの。やりたいようにしなさいって、ユキは言うのだから、そうするの。ママはどうするの? 来ないなら、りっちゃんをデートに誘っちゃうよ。私はユキみたいに優しくないから半分っこなんてしてあげないからね。」
その当時の父親は世界を飛び回っていた。だから、ずっと一緒にいることは身体の弱いユキには無理だった。淋しくて仕方ないから、キャスに添い寝してもらって気を紛らわせていたのだ。ニューヨークにいる時は、城戸がいないと駄目だったのだ。それさえも城戸に告げないでユキは消えた。言葉にしないでいるから泣いてばかりいたのだ。私は、そんなことはしたくない。はっきりと相手に伝える。
「あのねぇ、りっちゃん、どうして、ユキはあなたを私の父親にしたがっていたかわかる?」
「・・・私がユキの亡くなったことを認めないからだろう?」
「違う、全然、違う。・・・・ユキにはリィーンがいたからよ。だから、私にあなたを譲ってくれたの。あなたとリィーンはよく似たもの同士で、あなたはリィーンに育てられたユキを少しだけ預かっただけだったでしょう? リィーンはユキの最初から最後まで付き合ったから、もういいの。でも、あなたは途中参加だったから・・・・だから、ユキは私の最初から、あなたに付き合って欲しかったの。私とユキは違う生きものだけど、DNAは共有している。リィーンにとってのユキのように、りっちゃんにとってのユキは私なの。ユキに中途半端に関わったことは、もう過去のことよ。その代わりに、私に関わっていて、私が結婚したり出産したり、いろんなことを経験していくのを見守っていてよ。りっちゃんが居てくれないと、よく眠れない私を寝不足にするつもり?」
「それは、美愛がニューヨークに修業に行く時は同伴しろ、ということかい?」
ご名答と叫んで、父親に抱きついた。
「ユキはニューヨークに一人で行ったけど、リィーンも連れて行けばよかったのよ。そうすれば、りっちゃんは巻き込まれずに済んだんだから。」
「でも、美愛・・・ユキはお祖父さまから一人で来いと命じられていたんだよ。」
そう、ひいおじいさまはユキを精一杯長生きさせる為に城戸を巻き込んだ。まったく同じ波動の城戸をリィーンの代わりに配置した。それが城戸を保護者にしてしまうことを知っていて、わざとそうした。城戸の未来を収縮させてしまうことも予定済みだったはずだ。篭に閉じ込められて、ゆるゆると眠り込んでいくユキを看取るために、城戸が篭に入ることを決意しなければならなくなったのも、そのためだ。そのせいで、自分の傍に父親はいるのだ。
「私も命じられてはいるわよ。一人で来いって・・・でもね、私はユキじゃないから逆らうことはできる。私の未来は私が決定していいのだもの。だから、家族で移り住もうね。リィーンの様子を確かめるのに、日本に戻ったりはするつもりだけど、リィーンはりっちゃんと違って、もう大丈夫だから、傍にべったりする必要はないから。」
惟柾は曾孫に、彼女の未来は自分で決めなさいと命じた。孫は最大限に寿命を引き伸ばすために、逆らうことを許さなかったが、曾孫はそんな心配はない。それに、彼女の最後までは惟柾にも見えなかったのだ。すでに惟柾もマデリーンも鬼籍に入った。誰も彼女の未来について助言をくれるものはいない。
「まあ、いいさ。別にどこでも一緒に行くけど・・・・そんなに、私にべったりしていて美愛は伴侶なんぞ見つけられるのかい?」
父親にしても、その点がいまひとつ心配だ。おそらく、そういう問題があるから、九鬼はひとりで来いと命じたはずだ。
「大丈夫・・・・そのうち、見つかるから・・・心配しなくても、りっちゃんはパパで恋人にしたいなんて思っていないからね。安心してママ。」
キャラキャラと笑って母親に顔を向けた。幸せな顔で微笑む娘が、一瞬、実の父親の顔と重なった。よく似た面差しの顔だから、母親もドキリとする時がある。これから、実の父親が望んでも成れなかった年令に娘は進んでいく。子供から大人になっていくのだ。
作品名:りんみや 陸風の美愛 作家名:篠義