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りんみや 陸風の美愛

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「ねぇ、マリー・・・来年、美愛が十六になったら離婚しないか? アメリカでは十六で大人と見做される。美愛が独り立ちするのだから、きみも次の人生を考えたらどうだろう? 私もそうなったら、もとの仕事に戻るし、美愛が逢いたいと思うなら、自分で逢いにくればいいと思うんだ。」
 夫は穏やかに妻に申し渡した。十年続いた夫婦ごっこも、これで幕引きだ。子供も親離れする年令になった。もはや、べったりと寄り添っている必要もない。なによりも、妻はまだ若い。今のうちに彼女が本当にやりたいようにするべきだと、夫は考えて口にした。しかし、妻は複雑な顔で夫を見て、「あなたがそう望まれるなら、それで結構です。」
と、震えるような声で答えた。


 ぼんやりと離れのソファで寛いでいると、娘が騒々しく走り込んできて抱きついた。こらこらと、父親はたしなめる。もう、子供じゃないんだから・・・と、その娘を引き離すが、相手はケラケラと笑ってしがみついている。
「美愛、おまえは、もう大人なんだから、そんな子供みたいな真似をしていては駄目だよ。・・本当に困った子だ。」
「・・・どうして? ユキは、ずっとこうやっていたのに、どうして私は駄目なの? りっちゃんはとても不公平だわ。」
 自分の父親のことを、美愛はこう呼ぶ。それは、今の父親がそう呼んでいたからだ。
「ユキはおまえと違って、ずっと子供だった。ユキは二十歳までほとんど眠っていたんだからね。だから、実年令で測れない・・・ユキのことはパパと呼びなさいと、あれほど注意するのに、おまえは少しも聞き分けないね。」
「そんなことでユキは困ったりしないわよ。きっと、ユキは笑って、『なあに?』って答えてくれるはずだもの。・・・・そんなことはどうでもいいの、りっちゃん、ママと離婚するって、どういうこと?」
 それまで笑っていたはずの娘は真剣な眼差しで父親を睨みつけた。それから、クスリと笑って父親を抱き締めた。
「もう、本当にりっちゃんは困った人ね。約束したでしょ? 美愛がずっと傍に居てあげるって・・・りっちゃんを独り者になんて戻したら、また仕事ばかりして病気になっても倒れるまで気付かないでいるんだから・・・そんな人は勝手に一人で居ては駄目よ。りっちゃんは美愛の傍にいなければ駄目なのよ。いちいち、私はアメリカまで迎えに行くなんて真っ平後免。りっちゃんは離婚なんてしなくてもいいし、アメリカに戻るなんて絶対に許しません。」
 初めて逢った美愛はまだ五歳で小さな子供だったのに、父親にずっと一緒にいるから泣くなと慰めた。その当時、まだ城戸という名字だった父親は、美愛の父親が死んだことが認められずに仕事ばかりして体調を著しく崩していたのだ。そう宣言した子供はずっと付きっきりで城戸の看病をしてくれた。そのことを言われているらしい。
「だいたい、りっちゃんはママのことをどう考えているの? あのね、りっちゃんの波動がわかる人間はユキだけじゃないの、私もママもそうなのよ。こんなに傍に居るのに、どうしてわからないの? りっちゃんは、ママのことを妻として認めているじゃないの。それなのに、どうして今更、離婚なんて言い出すの? 」
「でも、きみのママは今でもユキのことを想っているし、私もマリーのことはユキの妻だと思っている。確かに、マリーはユキに命じられたから私を美愛のパパにしてくれた。けれど、それだけなんだから・・・美愛が大人になれば、マリーは母親の仕事から解放されてもいいのじゃないのか?」
 心で考えていたことを父親は口にするが、娘は「大バカもの」と叫んだ。この父親は無口で言葉数が足りない。それにもまして、当人が心で思っていることも当人には理解できていないのだ。父親はずっと以前に、母親を妻と認めているし、お互いに寄り添っていることに馴染んでいる。それさえも気付いていないのだ。
「ねぇ、りっちゃん、それじゃあ、質問するけど、今から離婚して、また新しい家庭を築こうなどと夢に見ている?」
「・・・いいや、もう十分に暖かい家庭は堪能させてもらった。今からは創るのが面倒だから、一人でのんびりとしているさ。」
「それじゃあ、ママで我慢しなさいよ。」
「マリーに失礼なことを言うな、美愛。彼女はまだ若いんだ。・・・ユキのことを忘れろとは言わないが、彼女の好きなようにさせてやったほうがいい。」
「それなら、離婚は駄目よ。ママはりっちゃんとの暮らしが気に入っているんだもん。ママはユキのことを忘れてはいないけど、りっちゃんとの暮らしも大切にしているの。今の状態が幸せなの。わからない? りっちゃん、ママもりっちゃんを夫として認めているのよ。りっちゃんがママを静かに受け入れてくれた時に、ママには、それがわかったから、ママもりっちゃんを受け入れているの。ユキを想っている自分を、そのまま受け入れてくれたりっちゃんをママも大切に想っているの。りっちゃんが私を本当の娘として育ててくれたでしょ? その波動は私やママには伝わっているのよ。それなのに、離婚して家庭崩壊させるなんて間違っているでしょ? だいたい、りっちゃんは私とずっといなきゃいけないのよ。勝手なことをしては駄目。ユキがりっちゃんを心配していたのは、こういうことよ。あなたはそうやって一人の世界なんかに戻ったら、今度こそ壊れてしまうんだから・・・それを守るのはユキから私に頼まれたことなんだからね。ユキが向こうでヤキモキするようなことは絶対に駄目。向こうにいって私が叱られてしまうじゃないの。・・・・りっちゃんはずっと私の傍に居ればいいのよ。どこにも行かなくていいの。こうやって、一緒に暮らしていればいいの。」
 長々と説得されて、ふと自分が普通ではない家庭の人間だったことに今更に気付いた。たぶん、妻のあの複雑な顔は・・・意外なことで悲しかったせいなのだ。妻として受け入れてくれているとわかっている相手からの別れ話は、自分が信じていたことへの裏切りに近いものだったはずだ。たぶん、マリーを妻として受け入れてはいるのだろう。ただ、彼女はユキの妻だと自分に言聞かせていたから、自分では自覚していなかった。
「本当におバカさんねぇ・・・だいたいねぇ、親子三人で川の字で眠るなんてお互いが認めていなかったらできないはずでしょ? それに私がりっちゃんにだっこしてもらって眠っていたのだって、他人の男になんてされていたら、ママは嫌がったはずなのよ。私だって、リィーンやおじいちゃんやひいおじいちゃんみたいな身内でなければ出来ないの。りっちゃんは他人なんかじゃなくて、私のパパなのよ。私にとって、ユキもりっちゃんも同じパパなんだから・・・・どうして、自分だけ赤の他人だなんて思っちゃうの? りっちゃんはユキと私の保護者でしょ? ユキだって、スタッフで添い寝してもらってたのは、りっちゃんだけじゃないの。」
作品名:りんみや 陸風の美愛 作家名:篠義