カタルシスの孤独
「ふふふ、強情だねえ。でも、世界は半人間を受け入れたのさ。2189年今現在――動物の遺伝子情報を自らの遺伝子情報に書き加えた半人間が、人口の九割を占めている。残りの一割の中に人間が入っている。いわば君は世界の少数派なのさ」
犬人間は慈しみの視線を俺に送った。それから彼は天を仰ぎ、俺に背を向けて歩き始めたのである。そして、俺はわが目を疑った。一歩、また一歩と犬人間が足を踏み出すたびに、その姿が増えてゆく。陽炎か、蜃気楼か、適当な言葉が俺の中から見つからない。俺は半分口を開いたまま立ち尽くした。眩暈に似た喪失感が脳髄から全身へと伝達される。化学反応を起こしたかのように、俺の手が震える。
もうすでに、視界は半人間で埋まっていた。俺の感情が絶望を叫び、凄まじい渦となって、俺の耳、鼻、口、目から噴出しようと体中の肉を喰らい始めている。俺は犬人間に囲まれながら、ひざまずいた。行き場を無くした俺自身の悪意が、意識の中ではじけて狂い咲く。脳みそのピンク色が、絶望という色に染まり、俺は目玉をぎょろぎょろと動かした。
そうか、人間は、もう、いないのか。体内からあふれ出る絶望の波が、俺の自我を、人格をごうごうと燃やす。もう、何も聞きたくはない。俺は、俺の内なる悪意に耳を塞ぎ、絶叫した。
「まるでムンクの叫びだ」
犬人間達が、笑った。