竹殺物語《タケトリモノガタリ》
椅子が倒れ、私の身体は自然と上を向いている状態となった。周囲に無数のコードが現れ、それらが自分の手足に入り込んでいくのが見えた。頭の方にも衝撃が走る。多分、首の後ろにも一本、繋がれているのだと思う。不思議と痛みは感じなかった。階段が消え、目の前に半透明で薄黄色の膜が、私の座っている空間を覆った。
――――接続完了。続いて充填を開始します――――
その言葉が聞こえた後、身体から外側に向かってコードの中を光が動いていくのが見えた。途端、私は身体に一切の力を入れれなくなってしまった。あまりの虚脱感に目を開けているのが精一杯だった。
「この部屋はなんだ? 破壊しろ!」
部屋の外から声が聞こえ、扉がいとも簡単に吹き飛ばされる。すぐに警報音と赤いランプが部屋の静寂を喰い尽くしていく。そこに現れたのは私が目を覚ました部屋で、ハカセを殺した人物と似たような姿をした人たちだった。大人数が部屋へと押し掛け、こちらを見ては驚いた顔をしていた。
――――照準の設定を行います――――
身体が小刻みに揺れる。いや、揺れているのは私が乗り込んでいる、この物体自体だった。部屋に入ってきた人たちは皆、天井を見上げている。私は力の入らない身体ながら、目だけを動かして真上を見た。
そこに天井は無く、目に映る端から端までの黒と無数の小さな光、そしてその中心にはひときわ大きくて丸く輝く黄色の円があった。
きれい。その光景を見た私は、いつの間にかそう思っていた。そして瞳から何かが出て、頬をつたっているのに気がついた。手で頬を触り、その物体を確認しようとしたが色が無いため何かは分からなかった。確か彼も瞳から私と同じような物を流していたのではないか、とハカセの顔が浮かんだ。
「狙いはまさか……アレか! あ、あの装置を破壊しろ! 何としてでも止めるんだ!!」
何が起ころうとしているのか理解した一人が、驚いたように声を張り上げ、周囲の人たちに命令する。それを聞いた他の人たちが一斉に手にしていたあの黒い物体をこちらに向けて構える。避けられない、そう思いながらも私の身体はコードと繋がれているため、身動きをとる事が出来なかった。音が鳴り、銀弾が放たれる。この音を聞くのは三度目であり、そして最後だと思った。
しかし、そんな事にはならなかった。私の前に張られた薄黄色の膜に銀弾の衝撃が吸収され、その全てが阻まれていた。何発かは半球体自体に命中していたが、全てを弾き返し、傷一つついてなかった。
また激しい振動が起こる。自分の真上で何かが音を立てて動いてるのが分かった。少ししてそれは姿を現す。細長くて丸い形をした白い物が、半球体の中心から上に向かって伸びているのが見えた。
――――照準設定完了――――
「まずい……砲身を狙え!!」
黒い物体を構えた人たちが、狙いを砲身と呼ばれた物に変える。だけど、聞こえてくる音は弾かれるものばかりだった。
――――充填完了まで3――――
私は胸の中心が急に熱くなるのを感じた。よく見ると、熱くなったあたりが、あの真上に存在する光り輝く円と同じ黄色に輝いていた。
「後ろへさがれ!」
――――充填完了まで2――――
『――――ゥ――ァ――――ッ!』
胸がさらに熱くなり、呼吸も荒くなる。命令を出していた人が、こちらに大きな筒状の物体を肩にかついで構えた。
「やめろおおおおおおおッ!!」
――――充填完了まで1――――
筒状の物体から今までの比ではないくらい大きな弾が放たれ、砲身に直撃して爆発を起こす。その衝撃によって、砲身が少しだけ傾いたのが見えた。
――――充填完了。発射――――
一瞬の間をおいて強い光と音と振動が部屋を襲う。砲身から薄黄色の光が撃ち出され、上へと昇っていった。その先にはあの円があった。
放たれた光が消えると同時に今度は目の前が真っ白になり、重低音と振動が起こった。あまりの眩しさに、私は目を閉じる。
光、音、振動が治まるまで数秒かかり、治まってからもしばらくは静寂が部屋を包んでいた。警報機も壊れてしまったのか、何も聞こえない。
「――見ろ! あの空を!」
「なんという事だ!」
声が次第に聞こえてきた。
私がゆっくり目を開けると、映る光景が驚くほど変化していた。淡く輝いていた円の上部に、大きな穴が開いてしまっていたのだ。姿が変わってしまった円の周囲を数多くの光の線が走り消えるか、その光をまとったまま視界から外れていった。
胸の光が消えると共に繋がっていたコードが引っ込み、私を守っていた薄黄色の膜と椅子も消えてしまった。
へたりこんだ私は半球体の壁につかまりながらも立ち上がる。この場から逃げなければ……それだけを考えて足を動かそうとするが、身体はどうにも言う事を聞いてくれない。
半球体の離れた場所から一段ずつ階段が現れる。私は最初の一段を踏み出すが、バランスを崩してしまい転げ落ちた。周囲には奴らが、皆が空を見上げて唖然としている中、一人が私の前に立った。
『――――ァ――お―――――ェ』
もう頭すら動かす事が出来ず、私は悔しくて仕方がなかった。逃げる事もこの状態では叶いそうにない。
前に立った奴は私を見下し、唇を噛んでいた。
「化け物め、とんでもない事をしてくれたな……。月の破壊により、世界は大きく変貌してしまうだろう。貴様は使い物になるまで眠っててもらおうかッ!!」
奴は手にしていた筒状の物体を振り上げ、力任せに私の頭を殴りつけた。視界が乱れ、色が消えていく。
――――ワタシハ、バケ――ノジャ――――ナイ――
光が、消えていく……。
――ハカセ――ハカセ――ハカセ――ハ――――カ――――――セ――
私の意識は暗く深い闇の中へと沈み、新たなる目覚めの時を待っている。
作品名:竹殺物語《タケトリモノガタリ》 作家名:零時