わがまま
1.
大丈夫。
そう言って笑う君を、嫌いになりそうでした。
「心配くらい、したっていいだろバカッ!!」
怒鳴って一方的に電話回線をぶったぎってしまった直後、灯里はすぐさま、海よりも深く後悔した。
「あー、もう…なんだっつんだよ!」
携帯を放り投げ、ふかふかの枕に倒れ込んで足をバタつかせた。
またやった。やってしまった。
すぐ感情的になるのは駄目だってわかってる。
普段は冷静に出来る。
仕事場でもちゃんと出来る。
なのに相手が蓮だと、うまく出来ない時がある。
おんなじ失敗を何度もくりかえしてはだめよ。
小さい頃から言いきかせられていた母の言葉が、また脳裏に蘇る。
(そうなんだけど…)
自分は蓮に甘えている、という自覚はあった。
いくらかんしゃくを起こしても、その度に受け止め許容してくれる相棒に、自分は甘えすぎている。
蓮に強い感情をぶつけてしまうたび、灯里は酷い自己嫌悪に陥った。
月城蓮と蒼井灯里は、デビューして4年と半年になる、人気アイドルユニットだ。
とある芸能プロダクションのスカウトマンにそれぞれ声をかけられたのは、共に高校二年になったばかりの春だった。
「君なら絶対に大きい仕事が出来る!!」と熱心に口説かれた蓮と、「部活動のつもりで気楽にレッスンを受けてみないか」と朗らかに誘われた灯里は、ダンスレッスン初日のスタジオで、初対面を果たした。
壁の一面に大きな鏡が埋め込まれた広い部屋の隅の方で、ジャージ姿の二人はなんとなく佇んでいた。
「………つーか、レッスンすんのって俺達だけ?」
「………みたいだね」
それが、二人の記念すべき初会話だった。
「こんな広いのに俺達だけって、なんかゼータク」
「特別レッスンだって聞いたよ。本来の授業枠じゃないって」
それを聞いた灯里は、いたずらっぽく笑った。
「それって特別扱いだってことかな」
「通常レッスンについていけるようになるための下準備ってとこじゃない?」
慎重に呟いた蓮に、灯里はキョトンとした後、吹き出した。
「確かに!そうだよな!俺、ここにきたの今日が初めてだし。アンタは?」
「俺もそう。ついこないだ街で声かけられて、とりあえず来てみた」
「かぶるなー。一緒じゃん。じゃあ同期だな。俺、蒼井灯里。じゅうなな。ヨロシク」
「宜しく。月城蓮です。同い年だね。」
「マジかよ?ぜってえ年上だと思った」
「蒼井君、結構無邪気だね」
「あ?ちげーよ?誉めてんの!落ち着いてて頭良さそうだし、なんつーか、俺の理想だし」
「………やっぱり無邪気だと思う」
「あ、ウザかったらわりぃ…」
急に意気消沈する灯里を見て、今度は蓮が吹き出した。
「俺は蒼井君みたいな人に憧れるよ。素直な感情表現って、俺の永遠の課題なんだ」
「難しく励まされてもなー…いまいち喜びづらい」
灯里が困惑して眉根を寄せ、蓮はまた笑った。
優美に整った顔が笑み崩れる様に、灯里は知らずに見とれた。
約一年のレッスン期間を経て、彼らはデビューした。
センセーショナルなデビュー会見などはなかったが、二人の整った顔立ちと安定した歌唱力、そして気取りのないキャラクターは急速に世間に浸透し、デビューして半年経つ頃にはトップアイドルの仲間入りをしていた。
ふんわりとした優しげな印象の月城蓮は、穏やかな声音と語り口と微笑みで、周囲を癒す。
長いまつげに覆われた薄茶色の瞳、通った鼻筋、形の良い唇、ほっそりとした頬のラインと綺麗に浮いた鎖骨、均整の取れた長身に、世の女子達は彼を「王子すぎるんだけど…!!!」と讃えた。
その彼の横に立つ蒼井灯里は、対照的に元気で活動的なタイプだった。
パッチリとした大きな黒目と緩やかに上がった口角が、彼を実年齢より幼く見せる。
細身だけれどうっすらと筋肉がついた体に長い手足と、少年のような顔立ちとのアンバランスさが、彼の魅力をいっそう引き立て、誰に物怖じすることもなく、常にハキハキとしながら爽やかな笑顔を振りまく灯里は、幅広い年代に支持されていた。
複数のアイドルグループを抱えている事務所ではあったが、事務所史上最大のブレイクを果たした彼らに、大人達は容赦なく仕事をさせた。
次々に要求される仕事を、しかし彼らは着々とこなしていった。
そして、どんなにちやほやされても、下にも置かぬ扱いを受けても、決して横柄にならず驕らず、常に礼儀正しい彼らは、どこの現場でも非常に好ましく思われていた。
「なんか、俺らって真面目らしーぞ」
「仕事は真面目に取り組むべきだよ」
若い二人の会話に、何人ものアシスタントディレクターが泣いたことは言うまでもない。
大丈夫。
そう言って笑う君を、嫌いになりそうでした。
「心配くらい、したっていいだろバカッ!!」
怒鳴って一方的に電話回線をぶったぎってしまった直後、灯里はすぐさま、海よりも深く後悔した。
「あー、もう…なんだっつんだよ!」
携帯を放り投げ、ふかふかの枕に倒れ込んで足をバタつかせた。
またやった。やってしまった。
すぐ感情的になるのは駄目だってわかってる。
普段は冷静に出来る。
仕事場でもちゃんと出来る。
なのに相手が蓮だと、うまく出来ない時がある。
おんなじ失敗を何度もくりかえしてはだめよ。
小さい頃から言いきかせられていた母の言葉が、また脳裏に蘇る。
(そうなんだけど…)
自分は蓮に甘えている、という自覚はあった。
いくらかんしゃくを起こしても、その度に受け止め許容してくれる相棒に、自分は甘えすぎている。
蓮に強い感情をぶつけてしまうたび、灯里は酷い自己嫌悪に陥った。
月城蓮と蒼井灯里は、デビューして4年と半年になる、人気アイドルユニットだ。
とある芸能プロダクションのスカウトマンにそれぞれ声をかけられたのは、共に高校二年になったばかりの春だった。
「君なら絶対に大きい仕事が出来る!!」と熱心に口説かれた蓮と、「部活動のつもりで気楽にレッスンを受けてみないか」と朗らかに誘われた灯里は、ダンスレッスン初日のスタジオで、初対面を果たした。
壁の一面に大きな鏡が埋め込まれた広い部屋の隅の方で、ジャージ姿の二人はなんとなく佇んでいた。
「………つーか、レッスンすんのって俺達だけ?」
「………みたいだね」
それが、二人の記念すべき初会話だった。
「こんな広いのに俺達だけって、なんかゼータク」
「特別レッスンだって聞いたよ。本来の授業枠じゃないって」
それを聞いた灯里は、いたずらっぽく笑った。
「それって特別扱いだってことかな」
「通常レッスンについていけるようになるための下準備ってとこじゃない?」
慎重に呟いた蓮に、灯里はキョトンとした後、吹き出した。
「確かに!そうだよな!俺、ここにきたの今日が初めてだし。アンタは?」
「俺もそう。ついこないだ街で声かけられて、とりあえず来てみた」
「かぶるなー。一緒じゃん。じゃあ同期だな。俺、蒼井灯里。じゅうなな。ヨロシク」
「宜しく。月城蓮です。同い年だね。」
「マジかよ?ぜってえ年上だと思った」
「蒼井君、結構無邪気だね」
「あ?ちげーよ?誉めてんの!落ち着いてて頭良さそうだし、なんつーか、俺の理想だし」
「………やっぱり無邪気だと思う」
「あ、ウザかったらわりぃ…」
急に意気消沈する灯里を見て、今度は蓮が吹き出した。
「俺は蒼井君みたいな人に憧れるよ。素直な感情表現って、俺の永遠の課題なんだ」
「難しく励まされてもなー…いまいち喜びづらい」
灯里が困惑して眉根を寄せ、蓮はまた笑った。
優美に整った顔が笑み崩れる様に、灯里は知らずに見とれた。
約一年のレッスン期間を経て、彼らはデビューした。
センセーショナルなデビュー会見などはなかったが、二人の整った顔立ちと安定した歌唱力、そして気取りのないキャラクターは急速に世間に浸透し、デビューして半年経つ頃にはトップアイドルの仲間入りをしていた。
ふんわりとした優しげな印象の月城蓮は、穏やかな声音と語り口と微笑みで、周囲を癒す。
長いまつげに覆われた薄茶色の瞳、通った鼻筋、形の良い唇、ほっそりとした頬のラインと綺麗に浮いた鎖骨、均整の取れた長身に、世の女子達は彼を「王子すぎるんだけど…!!!」と讃えた。
その彼の横に立つ蒼井灯里は、対照的に元気で活動的なタイプだった。
パッチリとした大きな黒目と緩やかに上がった口角が、彼を実年齢より幼く見せる。
細身だけれどうっすらと筋肉がついた体に長い手足と、少年のような顔立ちとのアンバランスさが、彼の魅力をいっそう引き立て、誰に物怖じすることもなく、常にハキハキとしながら爽やかな笑顔を振りまく灯里は、幅広い年代に支持されていた。
複数のアイドルグループを抱えている事務所ではあったが、事務所史上最大のブレイクを果たした彼らに、大人達は容赦なく仕事をさせた。
次々に要求される仕事を、しかし彼らは着々とこなしていった。
そして、どんなにちやほやされても、下にも置かぬ扱いを受けても、決して横柄にならず驕らず、常に礼儀正しい彼らは、どこの現場でも非常に好ましく思われていた。
「なんか、俺らって真面目らしーぞ」
「仕事は真面目に取り組むべきだよ」
若い二人の会話に、何人ものアシスタントディレクターが泣いたことは言うまでもない。