りんみや 陸風6
「あなたが我が一族の頭領です。陸風様・・・驚かれるのはもっともですが、これは以前からのことです。血脈の問題ではありません。今、この一族を実質的に支配しているのは水野惟柾という方で、わたしたちは、その方の指示如何により動いております。」
城戸が惟柾に見いだされた時、一族の運命も決した。簡単に惟柾は一族の資金源や情報網を抑え込み、すべてを自分の中に飲み込んだのだ。まるで蛇が獲物を飲み込むように何も残さずにである。別段取り立てて命じることはされなかったが、ひとつだけ絶対的な命令がなされた。けっして、城戸に報せてはいけないということだ。そして、水野の次期当主と指名された歳幸が夭折した折りに、やっと次の命令は下された。次の頭領は城戸にせよ、というものだった。ただし、城戸が一族に絶縁を申し渡した場合にのみ、その身分を当人の前に提示せよとの但し書きも付けられていた。城戸が絶縁したいと願うことも惟柾は承知のことだった。城戸の人生そのものを巻き込んだことに対する惟柾からの代償だ。
「・・・オーナーが?・・・そんな情報は、どこからも・・・」
「もちろん、このことを知っているのは一族でも限られた者だけです。あなたがトップであることも、そうです。しかし、あなたはわたしたちとの絶縁を申し渡されました。この段階でわたしたちは、あなたの存在を公表する義務が生じ、これより十時間以内に一族の末端に至るまで、あなたが頭領であることを徹底いたします。」
「待ってください。私はそんな地位はいりません。今、私が頭領であるとおっしゃるなら、私がそこから退陣することもできるのではありませんか?」
「・・・それはできません。先程も申し上げましたが、わたしたち一族は水野惟柾により掌握されております。その方が、あなたを指名している限り、そこからは退陣することは許されない。・・・・何のご命令も義務も、あなたには負わせたりせぬようにとのことです。ですから、あなたは日本で静かに暮らしてくださればよろしいのですよ。」
それは傀儡というものではないのだろうか。オーナーが実質的に支配する一族の名目上のトップに座らされるということだ。そうでなければ、一族のトップは勤まらない。一族が路頭に迷わないように水先案内するのが頭領の役目だ。そのための教育を幼い頃から施されるものだし、自分はそんなことは教えられていない。
「つまりは、私は傀儡で、あなたが実質的に一族を差配するということですか?」
「そういうことになるでしょう。・・・あなたが生きている限り、わたしたちはあなたの命令には絶対服従します。おそらく、水野惟柾は、あなたにその支配権を譲渡する。あなたは、次の水野の当主に、それを渡せばいい。そうやって、一族は水野の中で機能する。・・・水野惟柾とあなたが亡くなったら、その時は中から食い破る算段はするかもしれません。私の次の次ぐらいのものが、それをやり遂げることを望んではいます。」
油断すれば華僑の一族が水野を支配するぞ、と脅しているのだ。それこそが、城戸が怖れることだ。華僑の血の繋がりは絶対だ。そして、時間の使い方も独特で一世代ではない。単位は五十年、百年という単位だからだ。徐々に浸透するように水野の要所を確保して最後に玉座を奪う。それを百年単位でやられたら、惟柾にも打つ手はない。
「・・・・その頃の水野の当主殿がボンクラでなければよいのです。我々が憂うことではないでしょう? 陸風様。」
返す言葉がない城戸に、相手は黙って連絡を切る。たぶん、華僑のネットワークに自分は流れる。傀儡でもなんでもいい。そんなことは気にならない。娘の未来のことが心配で呆然とした。自分が生きている限りは抑えられる。その遣り口も手段も知っている。
「・・・簡単には死なせないぞっていうオーナーのプレッシャーというやつか。」
それを娘に叩き込む。そして、娘から次のものに伝える。その必要があるということだ。絶対服従だというなら、一族自体を解体することもできる。城戸は立ったまま懸命に考えた。何を選択するべきなのか、それは重要だ。処置を間違えば、一族も警戒する。
「こんなところで何をしている? おまえはいい加減に自分のことを考えろ。」
ドカドカと多賀がやって来た。連行するつもりで腕を掴えた多賀は、いきなり振り払われたので驚いた。
「すまない。ちょっと時間をくれないか? 」
「それなら治療してる間にベッドで考えろ。」
「いや、そういう簡単なことじゃないんだ。ごめん、執務室に行く。後で、ちゃんと治療は受けるから・・・タガー、すまない。」
目が真剣で、多賀も戸惑った。今までのぼんやりとしている城戸とは違う。なんらかの問題が生じたということだ。それが気になって、背後から城戸を追い駆ける。本当に執務室に入り、機械を立ち上げた。なにやら真剣に画面を睨んでいる。
「ほら、りっちゃんはここだよ。あっ、りっちゃん、仕事なんかしちゃ駄目っっ。」
パタパタと子供が駆け込んできて、城戸の膝に飛び乗って、画面との間に入り込んだ。
「美愛、邪魔しないでくれ。」
「駄目っっ。りっちゃんは仕事なんかしちゃ駄目なのっっ。美愛と一緒にお昼寝するのっっ。」
「大変なことが起こってる。それを・・・止めるだけ時間をくれ。」
「駄目、りっちゃん・・・そんなことしたら悪くなる。りっちゃんは病気なの。仕事しちゃ駄目なのっっ。美愛の傍から離れたら駄目。」
「・・・仕事じゃない・・・昼寝がしたいなら、このまま、美愛は膝で眠りなさい。どこにもいかないから、それは約束する。」
そんなこと言ってないっっ、と子供は怒って城戸の胸を叩く。どちらも折れない。これがかの人なら、簡単に事は運んだが、その子供は自分の意志を曲げることはない。段々と興奮してきた子供は腹を立てて、城戸が操作しているキーボードを叩いた。
「美愛、邪魔するなっっ。それに物に当たるのはいけないことだ。」
こちらも興奮して声を荒げた。途端に叱られたことに反応して、子供はピーピーと泣きだした。
「・・・りっちゃんが悪いんだもんっっ。美愛のこと、忘れてるもんっっ。りっちゃん、変なものばかり心の中に広がってる。美愛がいないっっ。・・・・りっちゃんは美愛のなのっっ。・・・そんなの・・・いらないっっ。・・・」
子供の文句にはっ、と城戸も気付いた。一瞬でも美愛のことを横に押しやった。それを責められている。
「やれやれ、やっと発言できそうだ。リッキー、先代がホテルに連絡してほしいってメッセージなんだ。悪いが、そちらを済ませてもらえないだろうか? あの御仁は言い出したら即効の方だ。今頃は待ってる。」
発言権を得たとばかりに、浦上が電話番号の書かれたメモを城戸に手渡した。こちらも携帯などに連絡できる相手ではない。それに、この出来事の元凶だ。とはいうものの、子供は泣き喚いて暴れている。これでは連絡など出来そうにもない。