夢を追う背中
「俺の将来の夢は、レスキュー隊員になることです! それで、火事からたくさんの人を助けます!」
「ぼくの将来の夢は検事になることです。検事になって、放火犯を全員牢屋にぶち込んで、叩きのめして、社会的に抹殺して、一生後悔させてやります」
夢を追う背中
業火に炙られて、老人が震えていた。どこが火元かもわからない。昼寝をしていて、寝苦しさに目を覚ましたらすでに部屋が燃えていた。ベビーベッドの中で孫が熱気に魘されて泣いていた。慌てて孫を抱え上げ、玄関から逃げようとしたが既に玄関は火に飲まれていた。逃げ場がなくて、いけないと知りつつも火勢の弱かった二階へと逃げた。
逃げ込んだ部屋の入り口は既に火が回ってしまった。進退窮まった状況で、老人は腕の中でぐずっている孫を抱きしめる。
命を諦めた、その瞬間。
ぱりん! と窓が割れて、学生服を着たひとりの少年が飛び込んできた。
「待たせたな、じいさん!」
見知らぬ少年の登場に老人は目を見開く。
「大丈夫かって、あかんぼがいるんじゃん! あー、だーいじょうぶ大丈夫、今俺が助けてやるからな!」
泣き喚いている孫にひらひらと手を振ってあやすと、少年は老人を見た。
「あかんぼをしっかり抱いて、口を閉じな、じいさん!」
ぽかんと開いていた口を咄嗟に閉める。反射的に孫を抱きしめる手に力をこめた。
好戦的に笑った少年の手が力強く老人の腰に回る。
「じゃ、覚悟を決めなあ!!」
腰を引かれた、次の瞬間、老人の身体は宙に浮いていた。割れた窓から外に投げ出されたのだ。青い空に赤い炎が見える。その炎は上へと遠ざかっていった。落ちているのだ。悲鳴を上げようとした視界にばっと傘の花が咲く。
次の瞬間、背中に軽い衝撃を受けた。
「大丈夫ですか?」
老人を覗き込み、静かな声で尋ねる少年は、つい先ほど火の中から彼を放り出した少年と同じ顔をしていた。短くそろえた黒い髪、心の奥まで覗き込みそうな黒い瞳。声も着ている制服すら同じものだ。だが、先ほどの少年とは浮かべている表情が、声音もまったく違う。
事態を理解できないまま頷くと、少年は人ひとりが充分に乗れるほど大きな傘から老人を地面に降ろした。
足の下にある柔らかな緑の色にほっとして、顔を上げると長年住んでいた我が家が燃えあがっていた。
「――救助完了」
呟いて、少年は傘を畳む。
「さっきの子は……?」
見当たらないもうひとりの少年の姿を不安に思って尋ねるとにこりと少年が笑った。
「兄なら大丈夫です。それより、こんなことの後です。まだ興奮しているから怪我や痛みがわからないかもしれない。かならず病院に行って検査してください」
どすっと鈍い音が響いた。音の出所を振り向いた老人の目に、先ほど火の中で会った少年が立っていた。
「春巻! 俺も受け止めてくれよ!!」
「原槙ならいちいち受け止めなくたって大丈夫だろ。そんなことより、はやく学校に行かないと遅刻するぞ」
「え、もうそんな時間?! やべえ! まずい! いくぞ、春巻!」
「ちょ、待ってくれ、君たちは……?!」
「名乗るほどのものではありませんから」
「これ以上遅刻すると内申点的にまずいんだ! じゃあなじいさん、元気出せよ!!」
問いかけを振り切って、野次馬を避けながら少年達が駆け出した。
「ぼくの将来の夢は検事になることです。検事になって、放火犯を全員牢屋にぶち込んで、叩きのめして、社会的に抹殺して、一生後悔させてやります」
夢を追う背中
業火に炙られて、老人が震えていた。どこが火元かもわからない。昼寝をしていて、寝苦しさに目を覚ましたらすでに部屋が燃えていた。ベビーベッドの中で孫が熱気に魘されて泣いていた。慌てて孫を抱え上げ、玄関から逃げようとしたが既に玄関は火に飲まれていた。逃げ場がなくて、いけないと知りつつも火勢の弱かった二階へと逃げた。
逃げ込んだ部屋の入り口は既に火が回ってしまった。進退窮まった状況で、老人は腕の中でぐずっている孫を抱きしめる。
命を諦めた、その瞬間。
ぱりん! と窓が割れて、学生服を着たひとりの少年が飛び込んできた。
「待たせたな、じいさん!」
見知らぬ少年の登場に老人は目を見開く。
「大丈夫かって、あかんぼがいるんじゃん! あー、だーいじょうぶ大丈夫、今俺が助けてやるからな!」
泣き喚いている孫にひらひらと手を振ってあやすと、少年は老人を見た。
「あかんぼをしっかり抱いて、口を閉じな、じいさん!」
ぽかんと開いていた口を咄嗟に閉める。反射的に孫を抱きしめる手に力をこめた。
好戦的に笑った少年の手が力強く老人の腰に回る。
「じゃ、覚悟を決めなあ!!」
腰を引かれた、次の瞬間、老人の身体は宙に浮いていた。割れた窓から外に投げ出されたのだ。青い空に赤い炎が見える。その炎は上へと遠ざかっていった。落ちているのだ。悲鳴を上げようとした視界にばっと傘の花が咲く。
次の瞬間、背中に軽い衝撃を受けた。
「大丈夫ですか?」
老人を覗き込み、静かな声で尋ねる少年は、つい先ほど火の中から彼を放り出した少年と同じ顔をしていた。短くそろえた黒い髪、心の奥まで覗き込みそうな黒い瞳。声も着ている制服すら同じものだ。だが、先ほどの少年とは浮かべている表情が、声音もまったく違う。
事態を理解できないまま頷くと、少年は人ひとりが充分に乗れるほど大きな傘から老人を地面に降ろした。
足の下にある柔らかな緑の色にほっとして、顔を上げると長年住んでいた我が家が燃えあがっていた。
「――救助完了」
呟いて、少年は傘を畳む。
「さっきの子は……?」
見当たらないもうひとりの少年の姿を不安に思って尋ねるとにこりと少年が笑った。
「兄なら大丈夫です。それより、こんなことの後です。まだ興奮しているから怪我や痛みがわからないかもしれない。かならず病院に行って検査してください」
どすっと鈍い音が響いた。音の出所を振り向いた老人の目に、先ほど火の中で会った少年が立っていた。
「春巻! 俺も受け止めてくれよ!!」
「原槙ならいちいち受け止めなくたって大丈夫だろ。そんなことより、はやく学校に行かないと遅刻するぞ」
「え、もうそんな時間?! やべえ! まずい! いくぞ、春巻!」
「ちょ、待ってくれ、君たちは……?!」
「名乗るほどのものではありませんから」
「これ以上遅刻すると内申点的にまずいんだ! じゃあなじいさん、元気出せよ!!」
問いかけを振り切って、野次馬を避けながら少年達が駆け出した。