パワーショック・ジェネレーション
ルウ子は断じて天才ではない。俗にいう学力で測れば(本人には悪いが)見た目どおりだ。それでもたった一人、たった一つの机からNEXAを興し、数々の挫折を乗り越え、ついには地球全体をホームグラウンドにした巨大な『チーム』まで作り上げてしまった。
闇に埋もれた世の中に、まばゆい陽光を投じることができたその根底にあるもの。それは優れた論理でも山のような札束でもない。太陽さえ火傷しそうな『熱い心』だったのだ。
不意にルウ子は視線を落とした。
『ここで一つ、非常に残念なニュースがあります』
聴衆のざわめき。
『先日行った、史上最高性能の地球シミュレート実験で、あたしらが一番恐れていたことが確定的になった。今やそれを疑う学者はいない。どんな楽観主義者も、どんなへそ曲がりもよ。今後の発展を禁じ、現状の文明活動を維持したとしても、人間が遺した数え切れないほどの破壊分子の影響で、人類は……』
ルウ子はうつむき、声を沈ませた。
『あと三百年と保たないの。次のミレニアムは迎えられないのよ』
ざわめきがぴたりと止んだ。
ルウ子は顔を上げた。
『だけど絶望するのはまだ早いわ。人間には知恵がある。科学がある。科学の力で乱れた自然を良いほうへ変えていくことはできる。でもその前に一つ、変わるべきことがあるの。
科学はこれまで、人を生かすためだけに在るものだった。だから自然とは真っ向対立するハメになった。環境に良かれと思ってやっていることでも、その環境っていうのは、めぐりめぐってみればみんな自分のため、人間の都合のため、種族保存のため。それは獣がやっていることと一緒。人間も獣だってことの証拠。
これまで、おおらかなるこの惑星は、人間がまだ獣であることを免じてくれていた。だけど、免許の有効期限はもう残り少ないらしいわ。しかも更新できないときてる。あたしたちは、これから一つ上級の免許を取るしかないのよ。
上級だからって怯むことはないわ。まずは、そうね……近くの山や塔のてっぺんから、自分の住んでいるところを見下ろしてごらんなさい。ただ、ぼーっと突っ立ってるだけじゃダメよ? あたしがさっき報告したこと、人類はあと三百年しか保たないってこと、目の前の景色と重ねてみるの。きっと、あなたの中でなにかが変わると思う。でも、それだけじゃあ間にあわないし、それどころじゃない人たちもいる。というわけで……』
ルウ子は満面の笑みを見せつつ、さりげなく片手を背中にまわした。
突如、すべての画面が暗転した。かがり火の仄かな揺らめきだけが残った。
バクは声をあげた。
「な、なんだ? また停電か?」
ミーヤがくすっと笑う。
「ちがうよ。ルウ子さんがアレを……」
「ああ、アレね」
この放送は世界中に流れている。今この瞬間、各地で戦慄が走ったにちがいない。
画面は再び、砂漠とパネルとルウ子を映した。
『今後、世界電力の半分は、地球のための(傍点)環境修復と人間のための(傍点)飢餓救済に使うことにします。今日の話を踏まえてもなお不服があるなら、カントクのあたしに直接電話しなさい。ただし、その前に一つ言っておくわ』
ルウ子は腰にぶらさげていた水筒の水を口に含むと、続けた。
『テレビ見たい。エアコンつけたい。部屋を明るくしたい。指先一つ荒れない楽な暮らしをしたい。その気持ちはわかる。でもね、それは住むところがあってこそなのよ。生かしてもらえる大地があってこそなの。地球は人類の大家だってこと、忘れて欲しくないの。それでも、どうしても贅沢を我慢できないっていうのなら……』
ルウ子はびしとカメラを指して叫んだ。
『それに見あう家賃を地球に払いなさい!』
続けて低く言った。
『あたしの言いたいことは、それだけよ』
聴衆から疎らな拍手があった。それは徐々に会場全体に広がっていき、一人また一人と立ち上がり、最後にはその場の全員が立って大きな歓声をあげた。
バクは拍手を続けながら言った。
「まったく、たいした人だよ」
ミーヤはうなずいた。
「かなわないよね」
『ゴホン。えー、最後に私事で恐縮ですが……』
「うん?」「え?」
二人は改めて画面を見つめ直した。
ルウ子はカメラめがけて突進すると、両手でがしっとフレームを押さえつけた。
『バク! ミーヤ! 戦いは終わったんだから、さっさと子供作ってこっちに一度連れてきなさい。砂の海ばかり見てたって退屈でしょうがないわ! 以上。ルウ子でした』
ルウ子の特大の笑顔を残し、画面は暗転した。
「あんのバカ!」
バクは額に手をやり、ぐったりとうなだれた。
「……」
ミーヤはバクの背中の裾をツツと引っ張った。
「うん?」
バクは顔を上げ、ふり返る。
「……」
ミーヤは潤んだ瞳でバクを見上げるだけだ。
二人はしばし無言で見つめあった。
「わかったから、そんな目で見るなって」
バクは笑いながら片手を差し出した。
ミーヤは笑いながらその手を握った。
そして、二人は家路についた。
おわり
作品名:パワーショック・ジェネレーション 作家名:あずまや