天気予報はあたらない
「ケーちゃん、むっちゃきれいだよー。」
「ありがと、悟志。って、それ男へのほめ言葉じゃないけどな。」
日は、学園祭当日を迎えていた。
学校に登校すると、衣装班が必死で作った男性サイズのセーラー服を身にまとい、女子によって化粧が施される。そのテクニックたるやいなや、とたんにクラスの中に一人の女の子を作り上げていく。
「いやー、よかった。ちゃんと形になって。」
悟志が感慨深げに言う。
あれからというものの、俊二の『忘れろ。』発言を受けて、何も変わらないように接してきたつもりだ。いつもどおりに、ふざけあって、いつものように、『おはよう。』と言って、なにも変わらないまま、それでいて、劇は真剣に。しっかりとした形になるように、あれから努力を重ねてきた。
変わったことといえば、あの日の練習以来、俺に色気が出たとなぜか悟志が絶賛しだしたくらいだ。
「うわ、ケータ、なにそれ。」
「うっせ。」
「いまの化粧ってすごいんだなー。」
もう一人の当の本人も、そのことにはあえて触れないらしく、いつも通りの顔をのぞかせていた。しっかりとしたかっこいい衣装に身を包んだそれは、いつにもまして凄味が増している。この格好で廊下を歩けば全人類が惚れるのではないかというくらいに、かっこよくきまっている。
「あ、そうそう。今日、コージ見に来るって。」
「うそっ。」
あれほど来るなと言っておいたのに。
「あいつも相当、ブラコンだな。ご愁傷様。」
「いえいえ、どうも。」
ふざけて、手をあわす仕草をする。
なんだ、普通じゃん。笑えてるよ、自然に。
今まで俊二のことで悩んでいた時期が、急に無駄に思えてくる。劇も今日で終わることだし、また元に戻れるよ、きっと。
そう思いながら、この変な気持ちも白雪姫が乗り移ったからだと決めつける。
「それではスタンバイしてくださーい。」
実行委員に呼ばれると、クラスの雰囲気が引き締まる。
「よっしゃいくぞ。」
悟志の声に、引き締まった思い出舞台へのぞんだ。
舞台は、クライマックスを迎えていた。適度に笑いもとれたし、適度に黄色い悲鳴も聞こえたし、劇の出来としては上々だった。
あとはキスシーンを迎えるだけである。
練習はもちろんのこと、本当のキスはあの日以来していない。もちろん寸止めである。でも、練習ではできるようになったのだ、今日もできる。
「おお、なんて美しいのか」
笑わない、笑わない。
あいつが、本気でやっているのだから、俺もそれにこたえる。
「いまからお前をこのキスで目覚めさせてやろう。」
さん、に、いち。
気がついたら、再び唇は触れ合っていた。
なにしてるんだよ。
テンションあがりすぎて、気まぐれのパフォーマンスか。
俊二の目を見る。表情は劇用に作られたものだったとして、その場にいる大勢にはわからないだろう。でも、俺にはどこか戸惑ったような目をしているのがわかる。
だって、幼馴染なのだから。
気持ちは本物だった。俊二はどうかはわからない。けど、元に戻れるなんてただの自分の願望が作り出した妄想でしかなく、ここにあるのは、ひとつの事実だけ。
俺は俊二がどうしようもないくらい好きなのだ。その間にも、俊二のセリフが続く。
「おお、なんて、愛のこもったキスなのでしょう。」
泣くな。
「この溢れる愛のおかげで、私は幸せな気持ちで満たされたのだ。」
涙が頬を伝う。
「現代医療でもかなわなかった、私を愛が目覚めさせてくれたのだ。」
俊二を見つめる。
「私と結婚してくださいませんか。」
エンドロールがなり、幕が閉まり拍手がなっている間も涙は止まらなかった。みんなからは、迫真の演技だったと褒められたので、調子に乗っておいた。
「ケーちゃん……。」
悟志が何か言いかけたが、それを制す。
「着替えよっかな。メイク落ちまくりだし。」
目もとのマスカラの惨状はいかに泣いたかを示していた。
なぜ、俊二はあのときキスをしたのかはわからない。でも、その日の夜、俊二は彼女を作った。
これはまぎれもない事実で。
メールによると学園祭の後告白されて付き合うことにしたのだという。写メールもすごくかわいかったし、お似合いだと思った。
それ以外に、キスのことは全く触れずにメールは終着点へ。
『じゃ、また学校でー』
「おはよう。」
一言、ほとんど社交辞令なあいさつをダルそうにしながら、生ぬるい教室に滑り込む。条件反射のように返ってくるあいさつを適当な返答でにふり払いながら、自分の席に向かう。
いつものように自分の席に突っ伏している巨体に一言。
「おはよう。」
これはいつものことなのだから。
作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂