天気予報はあたらない
夜の街をあてもなくさまよう。携帯をいじりながら探した『誰か』は結局つかまらず、電車は何回か終点を繰り返して、おれを行き場のない状況を作り上げていた。
電車に乗り続けるわけにもいかず、思いつきで大学の近くの駅に降りたつと、電車から降りてきた人たちの群れに巻き込まれ、そのままコンコースへと降りていく。
改札口をぬけると、夕方に見かけた安居酒屋は閉店の様相を呈していた。駅前の塾はこんな夜遅くまでやっていたようで、塾生と思われる高校生が改札前で別れ際にじゃれあい、付き合っているであろうカップルが手をつないで改札内へ吸い込まれていく。
そこから一歩外へ目を向けると酔っ払った大学生が大声で流行りの歌を大声で熱唱していた。
――なんか、こっちが恥ずかしくなるなぁ。
そう思い再び駅へと目を向けると、それを尻目に改札はいまだ混雑していて、吐き出すように誰もがみな携帯を片手に颯爽と歩いていく。その流れに逆らうようにあたりを見まわし、邪魔にならないように駅の柱にもたれかかり足を止める。
すると、一瞬にして駅前の喧騒が自分の周りを執拗に取り囲んで耳から離れなくなる。今まで外巻きに見ていた、学生の下手な歌や、高校生の笑い声、サラリーマンの家への電話の声や、駅員さんの案内、電車の接近音、それらすべてが耳を突き抜けて脳へ直接響いてくる。途端にむなしく、途端に気持ちが悪くなり、途端にさみしくなる。
――おれ、なにしてんだろ、いったい。
何もせずに立ち止っていると悲しみがより増幅される気がして、それを振り切ろうと、自らの携帯に手を伸ばすが、やめた。
今から誰かに連絡したところでどうにかなるものでもない。時間も時間なのだ、終電間近なこの時間帯に相手をしてくれるやつなど、俺の高校生活ではいないことに気づく。
――健全だな、おれ。
まじめに学校行って、まじめに部活やって、まじめに交際して、そうやって学校生活を乗り越えてきたおれには、いくら学校のクラスで中心に居たって、こんな時に夜遊びしてくれる友達などほとんど皆無なのだ。
でも、それでよかったのだ。そんな友達などおれには必要なかったのだから。
どうしようもなく夜に遊びたくなったら、そんなときはいつも啓太がいた。啓太さえいれば、それでよかったし、どんなときも啓太はそばにいてくれた。
でも、それも今日までだ。もう、啓太はおれと一緒に居てくれない。
「あーっ。何考えてんだよ、おれ。女々しすぎるだろ。」
頭を抱えて座り込む。初秋だというのに日中日光に照らされ熱せられたコンクリートはまだ生温かく、その熱気に次第にシャツが汗でぬれていく。向い側のコンビニへ行って冷たい飲み物でも買おうかと思ったが、自動ドアが開くたびに聞こえる軽快なBGMがその気をそぐ。
そう思うと、太ももに携帯電話のバイブレーションの感覚が響く。このパターンは携帯の中にあらかじめ入っているバイブ音のなかから彼女だと一発でわかるように設定したものだ。だから、携帯を開かずともわかる。
だが、わかったからといって、返信する気なんてもうすでにさらさらなくて、そのままにしておく。
これは彼女だからじゃない。他の誰かがかけてきたとしても、『誰か』を見つけられなかった時点で、携帯の着信には興味がなくなっていた。
彼女からの着信はこれで六回目だ。
メールの一通目は、今から電話がしたいというものだったが、そんな気分にもなれなくて返信せずに見なかったふりをした。四回目からはメールではなくて電話の着信のようだが、それすらもとらず、自然に留守電へ変わるのをポケットで待つ。鳴り続けるバイブレーションが空回りする音だけが自分を包んでいく。
――ケータイなのに居留守っておかしいよな。
携帯電話のどこでも連絡がとれるという利点をこんな風に矛盾させているということに少し嘲笑する。出たくないのなら、いっそのこと電源を切ってしまえばいいのだが、なぜか切らなかった。心のどこかではこれから着信があるのではないかと期待していたのだろう。
他のだれでもない、啓太からの着信が来るのではないのかと。
先ほどの着信の設定で彼女のほかに、啓太も独自のパターンを充てていた。着信音は啓太の大好きだったロックバンドの代表曲のカップリングで、バイブ音もその機械の中にあらかじめ登録されているパターンの一番下段のやつだ。
これは長年変わっていない二人だけの決まりごと。
今現在、あいつはそれをしてくれているかどうか知らないけど、同時期に初めての携帯電話を持った二人の間で決めたこと。それをおれは長年の間、律義にやってきた。
――はやく、かけてこいよ、ケータ。
おれからかければ済むことなのだが、その勇気が一向にでない。ただただ待つだけで、何も進まない時間ばかりが進んでいく。いつもなら問題が出来たらすぐにでも解決してしまわなくては気持ち悪くなってしまう性格なのに、今回ばかりはその一歩すら躊躇してしまう。
今ここで何も解決の兆しが見えないままでかけてしまえば、修復の一手を放つというよりは、強がりで傷つけてしまうかもしれない。
今、限りなくちぎれてしまいそうなこの関係を自分から完全に切ってしまうことが、ひたすらに怖くて仕方がないのだ。
そう思えば思うほど頭の中の回路は容量オーバーをして、メモリがいっぱいのようなパソコンのように少しの新しいデータでもフリーズしてしまいそうだった。
「西野くんだよね。」
急に声をかけられて見上げると、自分よりもはるかに背の高い男に声をかけられた。きれいに駆られた坊主頭にはきれいに二本のラインが入っていて、一見、怖いお兄さんのようだが、笑った顔は非常に優しかった。
しかし、その顔には見覚えがなく、同時に知らない奴に自分の名前を知られているということに恐怖する。
「君、誰なん。」
そう一言返すと、少し悲しそうな顔をした。なんか、悪いことをしたような気になって、少しばつが悪い。
「やっぱ覚えてないか。俺、今日大学の説明会ん時に会ったんだけど。覚えてないん。」
記憶の隅まで探る。基本的に、早く終わらないかと時計とにらめっこしていたので、その日に学校であった事なんかダイジェスト版のようにしか頭の中に残っていない。
しかし、この男は会ったことがあると言っているのだ。記憶の隅までスキャンする。
思い出した。
「あ、バスケ部の推薦同士でアドレス交換した。」
「あ、そうそう、よかった、思い出したみたいで。俺、木崎雄平。」
そういうと俺の隣に座る。笑顔はさらにはじけて眩しい。思い出してよかったと思う。こんな笑顔を消してしまうのはもったいない。
彼の発した木崎雄平という名前で完全に思い出した。説明会の合間の休憩時間にバスケの推薦の奴らとアドレスを交換していたのだ。
作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂