天気予報はあたらない
「おはよう。」
一言、ほとんど社交辞令なあいさつをダルそうにしながら、生ぬるい教室に滑り込む。
条件反射のように返ってくるあいさつを適当な返答でにふり払いながら、自分の席に向かう。
めざすは、窓側、後ろから2番目。先日の席替えのくじ引きで決まったものである。
しかし、その席に決まってからというもの、毎朝そこには、巨体がダルそうに突っ伏していて、あたかも自分の席であるかのように占領している。
「そこ、俺の席なんだけど。」
「あ、ケータ、おはよう。」
朝一にしては、なんて間の抜けた声だと思う。たぶん、今日も朝練があったのだろう。にじみ出る雰囲気がすでに疲れを帯びている。
「ってか、はやくよけろや、そこ。」
自分の席には座れないので、かわりに、隣にある女子の席に仮に座り、いつものように起こす。
「だって、ここ風が抜けるから気持ちいいんだもん。」
一九〇センチの体の男が、だもん、なんて全く似合わないと思うが、それはスルーすることにする。なにせ、これは毎日のことなのだから。もう、慣れた。というより、こいつの行動全てに、慣れた。
だって、幼馴染なのだから。
幼稚園の時に知り合って、そこから小学校、中学校と縁は続き、高三になった今でも変わらず、関係性は続いている。ここが少し都会から離れた田舎だからというのもあるのだろうが、クラスが違ったことは、今まで高校入学時の一回しかない。
「俊二、ほら、早く。」
「うあ、そこ、触んな。」
首の後ろをくすぐるように触る。俊二はそこが苦手らしく、彼曰く、黒板を爪で擦る音よりもゾクッとするらしい。
「あー、もうわかったから。やめろ、ケータ。」
しぶしぶ席をよけるが、たちが上がるとやはり大きく、一七〇センチもない自分と比べると、まるで親子だ。
「はいはい、ケータは今日もちっさいな。」
「うるせー。おまえがでかいんだよ。」
子供をあやすように、頭をポンポンとなでる。その仕草を嫌がるようにその手を払いのける。
これも、いつものこと。
中学生の時からの恒例行事。そのころまではこんなに差がつくとは思っていなかったのに、そこから俊治はぐんぐん伸び始め、なんか悔しい。これも彼曰くだが、一九〇センチを超えると見える世界が違うらしい。
本当なんだか、と疑いを持っているのだが、あまりにも真剣な目で言っていたので、そうなのだと思っておこう。
「ケーちゃん。おはよう。」
「悟志、おはよう。」
やっと自分の席につけたところで、前の席に座る悟志が後ろを振り返って言う。悟志とは高校入ってからの友人なのだが、いつのまにか昔からの知り合いだったかのようなポジションを獲得していて、遊びに行く時は、この三人に、入れ替わりで何人かということが多い。
「あ、ケータ。おれにまだおはよういってないじゃん。」
俺と入れ替わるようにして、隣の席に位置を変えた俊二がすねたように言う。こういうところにすごく敏感なのだ、彼は。
だから、クラスでも人気が高い。
精悍な顔立ちに、スポーツマンで、この人懐っこさ、そしてちょっとバカっぽい。ひがみで嫌われるのはあっても、大多数の人に好かれる要素をすべて持っている。
そんな人が、人気がないわけがない。
クラスに一人はいる、教室にいるだけで人が集まってくる人、それが俊二なのだ。おかげさまで、そんな俊二が常に隣にいるおかげで、俺ももれなく人気者の称号が与えられており、いままで、のけ者にされることなく、比較的楽しい学校生活を送れているわけだ。
「はいはい、おはよう」
「なんだ、そのテキトーな感じは。なぁ、悟志。」
「もういいじゃん、俊。ケーちゃんだって、とりあえず言ったんだし。」
「だって、おれかわいそうじゃん。」
自分で自分のことかわいそうとかいうな、と言おうかと思ったが、いつものことなのであえてスルーしてやる。
そうこれは、いつものこと。
このあと、いつも通りバカみたいな話をチャイムが鳴るまで話して、そして名残惜しそうに、俊二が自分の席に戻り、今日も、健全な学生生活が始まる。
そうだと思っていたんだ。
作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂