りんみや 陸風3
りんが城戸にゆっくりするようにと説得していると、背後から浦上がやってきた。それを二十年前に説教したのは浦上で、されていたのはりんのほうだ。あの当時、倒れるほどに働いていたのはりんで、ひとえに一年と区切られた子供の寿命に負けたくなかったからだ。
「・・・そりゃ、人間だもの。年を取ったら、若いものに説教するさ。」
「二十年前に気付いて欲しかったよ。あんたは自覚はないし、自分のことには無頓着だった。飯もくわなきゃ、睡眠も摂らない。三年前もそうだったじゃないか? 瑠璃さんが無理遣り病院に押し込まなかったら、あんたは危なかったんだぞ。ほとんど視えなかったくせに運転なんかして・・・」
「だから、免許の更新はしなかっただろ? もう運転しないよ。悪かったって、浦さん・・・勘弁してよ。あんたの説教は長いし堪えるんだからさ。」
それでも浦上は止めることもなくガミガミと説教している。あの時はこうだったとか、こんなことがあったなどと記憶の限りにやられる。それを聞いていて、城戸は自分が同じことを繰り返しているのだと気付いた。二十年前のことを最近、自分はやらかしていたのだ。りんにはおかしくてしかたないだろう。浦上にさんざんに詰られたことを再現されているのだ。そして三年前にも、リィーンはやっている。死んだことが認められなくて苦しんだ。普段は達観しているようなリィーンでも認められなかったことだ。自分が認められないのは当たり前だ。
「だいたい、あんたたちは極道みたいに頑固だ。極悪なんだから連むようなことはやめてくれ。こっちの神経が保たないよ。」
最終的に城戸にまで説教する。矛先がひとりからふたりに変わっている。ニカニカと人の悪い笑顔でりんが城戸を見る。諦めて拝聴しろ、とのことだ。
「・・・浦上さん・・・私は別に極悪じゃあ・・・」
「あっ、城戸くん・・・自分だけ助かろうなんて、ひどいじゃないか。」
「でも、リィーン、私は初犯で、あなたは前科持ちじゃないですか?」
「ひとつもふたつも同じだろう? やってることは同じなんだから・・・」
城戸とりんがゴタゴタと言い合っていると、「うるさい」と浦上に一喝された。
「どっちでも同じことだ。俺はあんたたちの管理も任されてるんだからな。・・・リッキー、このとうちゃんみたいに極道になる前に私の言葉に耳を傾ける努力はしてくれないか? 」
「ええ、肝に銘じます。」
「よろしい・・・さすがに若いほうは素直だ。」
「あんた、それは差別ってもんだろ? 俺にもやさしく諭してくれれば、それなりにだな。」
「いいや、あんたは自己主張させないのがポイントなんだ。聞く耳は持たないよ。・・・来週にでも視力検査に行って眼鏡を誂えさせるから、そのつもりでな、りんさん。」
「そんなものいらないよ。視えてるってば。」
「瑠璃さんに付き添わせる。能力使って視えてる振りしてもわかるよ。」
たはーっとりんが肩を落とした。確かに以前より視えにくくなってはいるが、それほどのことはない。それでも信じてもらえないのだ。勝ったとばかりに浦上は意気揚揚と引き上げた。
「あのおじさんには負けるよ。俺のいうことなんて無視しやがるんだ。」
不貞腐れてりんがぼやく。浦上だって、もういい年だ。そろそろ丸くなってもいいだろうに、二十年前のことが尾をひいて今だに、あれだ。一生付き合えと命じられているだけに、かなり面倒だ。向かいで城戸は俯いて肩を震わせている。面と向かって笑うのも失礼だろうと遠慮してのことだ。
「そうやって笑っていられるのも今のうちだぞ。おまえさんだって、同じことを誰かにやられるんだ。それで、あんな腐れ縁になって俺みたいに唸るんだよ。」
「それはありませんよ、リィーン。私には親身になって心配してくれる人なんて、あなたぐらいじゃないですか。」
今まではゆきがいた。まあ、どちらかというと自分が心配するほうの立場で、されることは少なかった。そのゆきがいなくなって、自分には誰もいなくなった。城戸の言葉に、りんは思い切り笑い飛ばした。
「バカだなあ、それこそボケてるよ。やっぱり、まだまだだ・・・おまえさん、美愛が心配することを忘れてる。おまえさんは美愛を拾ったんだ。・・・忘れるな、美愛がいる。あれは鳥頭なんかと違って聡いぞ。嘘なんて簡単に見抜くし言い訳したって容赦しない。城戸くんが困ったり弱ったりするようなことがあれば、あいつは全力で、その原因を排除する。ある意味、浦さんより強力だ。」
城戸の傍にいると決めた孫は、城戸を護ると決めている。まだ子供で分別がないから、護る方法に問題は山積みになるだろう。それで唸るのは城戸の役目だ。それを自覚する事件が起こったのは、すぐ後日のことだ。
「おい、リッキー・・・なんで部屋に居ないんだ? 点滴するって言っただろうがぁ、てめぇは本当に監禁しなきゃならんな。」
居間に多賀が走りこんできた。屋敷中を探していたのか息が切れている。やれやれと城戸は立ち上がった。毎日、午前と午後に点滴される。いい加減、嫌になってきたところだ。ゆきはえらかったなあ、と、つくづく感心する。この生活をずっとしていた。
「こんな格好で逃げられるわけがないだろう。監禁してるのと変わらない。」
パジャマ姿で城戸が反論すると、ぴくりと多賀のこめかみが動いた。自業自得だと怒鳴って、背中に一発平手を入れようとした。すると自分の手が直前で固まった。あれ、と無理に振ろうとすると勢い良く後に尻餅をついた。
「りっちゃんは叩いちゃ駄目。痛いでしょ? りっちゃん、大丈夫? 怖くない?」
ふわりと子供が城戸の背中に現われた。暴力は嫌だなあ、と城戸が思ったから子供は守ってくれた。その代わりに多賀が被害を被っている。いててて・・・と立ち上がった。
「こら、美愛、いきなり使うなって叱っただろうが・・・いい加減、聞き分けろ。」
「うるさい、たっちゃんが悪いっっ。りっちゃんは叩かれるの嫌なの。」
子供の言葉にりんはニカニカ笑っている。こういうことらしい。これを躾けろということだ。こりゃ大変だ。
「すまない、タガー・・・大丈夫か?」
「ああ、なんとかな。」
それから、子供を自分の前に下ろした。ゆっくりとわかりやすい言葉で説明する。
「美愛、私が嫌だと思ってることでも、それは私のためにタガーが考えていることだ。それに、私は無傷でもタガーが痛い思いをしている。これでは私は悪者だよ。」
「どうして? たっちゃんがいけないのよ。」
「タガーは悪くない。私が約束の時間に部屋にいなかったから探してくれてたんだ。・・・確かに治療されるのは嫌だと私は思っていたけど・・・でも、受けないと治らない。タガーは私を早く治してくれようとしているんだ。」
ゆっくりと多賀の態度が悪いものではなく、自分が単なる感想を述べただけのことを説明する。それから他人を傷つけるような能力の使い方は間違いであることも説明した。
「わかったね、今夜から美愛はマリーのところへ戻りなさい。よく考えて反省してほしい。こんなふうに能力を使うことは間違いだとわかってほしい。」
「・・・だって、りっちゃんが嫌なこと・・・我慢なんてすることない。」