りんみや 陸風2
「なあ、美愛・・・おまえはパパが傍にいないだろ? 」
のんびりと孫に語りかける。孫はテレビから視線を外した。うん、と頷く。
「・・・城戸くんは、今まで大切にしてきたおまえのパパをなくしてしまった。今度は、おまえがパパの代わりに城戸くんの傍に居てやってくれないか?」
しばらく沈黙して、小首を傾げる。リィーンも同じでしょ? と返答した。
「リィーンもパパをなくしたのに、どうして、りっちゃんだけ美愛がいなくちゃいけないの? リィーンの傍にも居たい。」
「俺は適当でいいよ。・・・・おまえのパパを育てて見送ったから気持ちとしては完結しているからな。」
みやの最初から最後まで付き合った。こうなることも承知していた。それに、自分には瑠璃がいて、真理子がいる。だから、嘆くことはしても諦めという点では、すでについてはいるのだ。不思議と、これから、この孫に付き合おうという気は起きなかった。たぶん、気持ちのどこかで終わっているのだ。それにすっかり年を取って感情が緩やかに動くから、孫の相手は難しそうだった。
「リィーン、美愛ね。パパにリィーンとりっちゃんの傍を離れてはいけないって言われてるの。だから、ふたりとも傍に居てほしいな。」
「ああ、傍にはいるさ、俺だってな。だけど、なるべく、城戸くんの傍に居てやってくれるかい? 」
うん、と力強く返事して、孫はあくびをひとつした。子供には眠る時間だ。ふわりと子供の身体が浮いて、城戸の傍におりた。そして、もそもそと隣に入り込む。そういえば、みやは城戸くんによく添い寝してもらっていたなあ・・・と懐かしく思い出した。同じように孫も添い寝をしてもらうつもりだ。それまで、まっすぐに伸びていた城戸の身体が横を向いて、すっぽりと孫の身体を両手で包み込んだ。
「りっちゃん・・・あたしはゆきじゃなくて、みあだよ。」
もう、と呟いて子供も目を閉じる。傍目にもわかるほどの暖かい波動が、美愛を包んでいる。城戸のぽっかりと空いている空洞も少し狭まったようだ。
次の日、暖かいものを感じて城戸は目を覚ました。ふと、自分の手の中を見ると子供が眠っている。あれ? と思ったが、起こすのもかわいそうだと思い直して、そのままぼんやりと眺めていた。まるで、ゆきみたいだなあ。同じ顔で眠る子供に感慨深いものを感じた。向こうはもう少し大きかったが、似ていることに変わりはない。こんなふうにのんびりと微睡んでいるのも久しぶりだ。いつもなら、さっさと起きて動きだす。これから、しばらくはセカセカする必要もない。ぼんやりとしていると、また眠気に負けて目を閉じる。安寧な気分に浸っていると、身体がよけいに重くなってくる。リィーンの言葉の意味がやっと理解できた。精神的に張り詰めていて、自分の身体にまで意識が向いていなかった。だから、体調を崩していることすら気付かなかったのだ。リィーンが拾ったゆきは五歳だった。今度は自分に拾え、と命じる。拾うことは簡単だ。この暖かな生きものをゆきの代わりにしてしまえばいい。
「代わりでいいよ、りっちゃん。」
小さな声が聞こえたので、目を開けた。子供が自分を見つめていた。まっすぐな瞳に自分が映っている。
「みあはゆきじゃないけど、りっちゃんが泣かなくなるまで傍にいる。」
はっきりと宣言して、城戸の首に手を回す。だから、りっちゃん、泣かないでね・・・と耳元に囁いた。昨日から何度も何度も言われる言葉に、少しずつユキの死を実感する。ゆきはいないから、代わりにみあがいる。子供がいうのはそういう意味だ。目の前の子供が滲んで見えなくなった。いい年をした大人のくせに、なぜだが涙が止まらない。小さな身体を抱き締めると、さらに悲しみがこみあげてきた。りっちゃん、と呼んで楽しそうに笑うゆきはもういない。それを現実に受け止めさせられる。認めたくなくて逃げていたのに、小さな子供に認めさせられるのだ。
「りっちゃん・・・みあがいるから・・・・ずっと一緒にいるから・・・泣かないで・・・傍から離れないから、約束する。みあはりっちゃんの傍にずっといるから・・・」
五歳の小さな子供にそう慰められている自分は、なんと気弱な生きものなんだろう。ふと、リィーンがいるのでは、と起き上がったが、部屋には誰もいない。リィーンは本当に子供を預けていったようだ。おいおい、とため息を吐いた。いくらなんでも初対面の人間に孫を預けていくのはまずいだろう。
「はじめてじゃないよ。みあはりっちゃんを知ってた。」
「えっ? でも、私はきみと出会った覚えはないよ。」
「うん、本物のりっちゃんははじめて・・・でも、パパが教えてくれたから・・・みあはりっちゃんに早く逢いたかったの。だって、りっちゃんは泣いてるから傍にいてあげないと駄目って、パパが言ったから・・・本当にりっちゃんの心はパパで一杯だね。パパといっぱい逢えて、みあも嬉しい。」
ぎゅっと子供が抱きついた。ああ、そうか、この子は私の心が見えるんだ。ゆきと過ごした記憶はたくさん残っている。それを子供は見ている。
「そうか、好きなだけ見てご覧。ゆきは、よく泣いていたけど、優しい気持ちの持ち主だった。誰からも好かれて愛されていたよ。」
うんと子供は頷いて、パパと呟いた。この子は生まれついて父親がいない。救いなのは、この子が不思議な能力で他人の記憶から父親を偲べることだ。ゆきの周りにいた人間は誰もかれもゆきをよく覚えているだろう。だから、言葉で告げられるより確かなものを子供は知ることが出来る。
二週間と言い渡された入院を一週間で勘弁してもらって、水野の屋敷に戻った。とは、言っても、すぐに暇乞いに応じてくれるほどに、リィーンはやさしくない。
「なに、いってんの、城戸くん。きみは、本来ならしばらく入院してなきゃならない病人なんだよ。うちには医者がいるから、ここで静養するという条件で出してもらったんだ。多賀くん、城戸くんの監視を頼むよ。」
ニカニカと多賀は笑って了承している。のんびりと居間で寛いでいるのだが、城戸はパジャマ姿のままだ。病人らしい格好でいろ、とリィーンが命じるので仕方なく、そのままウロウロしている。もう、勘弁してくださいと何度も頼むのに、それさえも当主は楽しそうに撥ね付ける。
「もう、諦めろ、リッキー。リィーンの言い分はもっともだ。医者の立場から言わせてもらうなら、安静第一の患者だよ。ずいぶん、無理していたんじゃないのか? 葛から聞いている限りでは、年中無休で飛び回ってたそうじゃないか。スタッフみんなで、いつか倒れるだろうって冷や冷やしてたんだ。ここらで休養したほうが身の為だ。」
多賀はそう言って、城戸の肩を叩いた。誰もが受けた衝撃だったが、一番強かったのは城戸であろうと、スタッフはわかっていた。ほとんど溺愛状態だった城戸が、突然に亡くしてしまったものは代わりがない。葛やDGが心配して何度も連絡をとろうとしたが、相手は定期連絡以外は受け付けない状態だったので、五年も野放しになっていた。やっと、現われてくれたので多賀は安堵しているのだ。
「少しは俺等が心配していたことも考えろ。これからは、ちゃんと葛が手綱を締めると言ってたぞ。」
のんびりと孫に語りかける。孫はテレビから視線を外した。うん、と頷く。
「・・・城戸くんは、今まで大切にしてきたおまえのパパをなくしてしまった。今度は、おまえがパパの代わりに城戸くんの傍に居てやってくれないか?」
しばらく沈黙して、小首を傾げる。リィーンも同じでしょ? と返答した。
「リィーンもパパをなくしたのに、どうして、りっちゃんだけ美愛がいなくちゃいけないの? リィーンの傍にも居たい。」
「俺は適当でいいよ。・・・・おまえのパパを育てて見送ったから気持ちとしては完結しているからな。」
みやの最初から最後まで付き合った。こうなることも承知していた。それに、自分には瑠璃がいて、真理子がいる。だから、嘆くことはしても諦めという点では、すでについてはいるのだ。不思議と、これから、この孫に付き合おうという気は起きなかった。たぶん、気持ちのどこかで終わっているのだ。それにすっかり年を取って感情が緩やかに動くから、孫の相手は難しそうだった。
「リィーン、美愛ね。パパにリィーンとりっちゃんの傍を離れてはいけないって言われてるの。だから、ふたりとも傍に居てほしいな。」
「ああ、傍にはいるさ、俺だってな。だけど、なるべく、城戸くんの傍に居てやってくれるかい? 」
うん、と力強く返事して、孫はあくびをひとつした。子供には眠る時間だ。ふわりと子供の身体が浮いて、城戸の傍におりた。そして、もそもそと隣に入り込む。そういえば、みやは城戸くんによく添い寝してもらっていたなあ・・・と懐かしく思い出した。同じように孫も添い寝をしてもらうつもりだ。それまで、まっすぐに伸びていた城戸の身体が横を向いて、すっぽりと孫の身体を両手で包み込んだ。
「りっちゃん・・・あたしはゆきじゃなくて、みあだよ。」
もう、と呟いて子供も目を閉じる。傍目にもわかるほどの暖かい波動が、美愛を包んでいる。城戸のぽっかりと空いている空洞も少し狭まったようだ。
次の日、暖かいものを感じて城戸は目を覚ました。ふと、自分の手の中を見ると子供が眠っている。あれ? と思ったが、起こすのもかわいそうだと思い直して、そのままぼんやりと眺めていた。まるで、ゆきみたいだなあ。同じ顔で眠る子供に感慨深いものを感じた。向こうはもう少し大きかったが、似ていることに変わりはない。こんなふうにのんびりと微睡んでいるのも久しぶりだ。いつもなら、さっさと起きて動きだす。これから、しばらくはセカセカする必要もない。ぼんやりとしていると、また眠気に負けて目を閉じる。安寧な気分に浸っていると、身体がよけいに重くなってくる。リィーンの言葉の意味がやっと理解できた。精神的に張り詰めていて、自分の身体にまで意識が向いていなかった。だから、体調を崩していることすら気付かなかったのだ。リィーンが拾ったゆきは五歳だった。今度は自分に拾え、と命じる。拾うことは簡単だ。この暖かな生きものをゆきの代わりにしてしまえばいい。
「代わりでいいよ、りっちゃん。」
小さな声が聞こえたので、目を開けた。子供が自分を見つめていた。まっすぐな瞳に自分が映っている。
「みあはゆきじゃないけど、りっちゃんが泣かなくなるまで傍にいる。」
はっきりと宣言して、城戸の首に手を回す。だから、りっちゃん、泣かないでね・・・と耳元に囁いた。昨日から何度も何度も言われる言葉に、少しずつユキの死を実感する。ゆきはいないから、代わりにみあがいる。子供がいうのはそういう意味だ。目の前の子供が滲んで見えなくなった。いい年をした大人のくせに、なぜだが涙が止まらない。小さな身体を抱き締めると、さらに悲しみがこみあげてきた。りっちゃん、と呼んで楽しそうに笑うゆきはもういない。それを現実に受け止めさせられる。認めたくなくて逃げていたのに、小さな子供に認めさせられるのだ。
「りっちゃん・・・みあがいるから・・・・ずっと一緒にいるから・・・泣かないで・・・傍から離れないから、約束する。みあはりっちゃんの傍にずっといるから・・・」
五歳の小さな子供にそう慰められている自分は、なんと気弱な生きものなんだろう。ふと、リィーンがいるのでは、と起き上がったが、部屋には誰もいない。リィーンは本当に子供を預けていったようだ。おいおい、とため息を吐いた。いくらなんでも初対面の人間に孫を預けていくのはまずいだろう。
「はじめてじゃないよ。みあはりっちゃんを知ってた。」
「えっ? でも、私はきみと出会った覚えはないよ。」
「うん、本物のりっちゃんははじめて・・・でも、パパが教えてくれたから・・・みあはりっちゃんに早く逢いたかったの。だって、りっちゃんは泣いてるから傍にいてあげないと駄目って、パパが言ったから・・・本当にりっちゃんの心はパパで一杯だね。パパといっぱい逢えて、みあも嬉しい。」
ぎゅっと子供が抱きついた。ああ、そうか、この子は私の心が見えるんだ。ゆきと過ごした記憶はたくさん残っている。それを子供は見ている。
「そうか、好きなだけ見てご覧。ゆきは、よく泣いていたけど、優しい気持ちの持ち主だった。誰からも好かれて愛されていたよ。」
うんと子供は頷いて、パパと呟いた。この子は生まれついて父親がいない。救いなのは、この子が不思議な能力で他人の記憶から父親を偲べることだ。ゆきの周りにいた人間は誰もかれもゆきをよく覚えているだろう。だから、言葉で告げられるより確かなものを子供は知ることが出来る。
二週間と言い渡された入院を一週間で勘弁してもらって、水野の屋敷に戻った。とは、言っても、すぐに暇乞いに応じてくれるほどに、リィーンはやさしくない。
「なに、いってんの、城戸くん。きみは、本来ならしばらく入院してなきゃならない病人なんだよ。うちには医者がいるから、ここで静養するという条件で出してもらったんだ。多賀くん、城戸くんの監視を頼むよ。」
ニカニカと多賀は笑って了承している。のんびりと居間で寛いでいるのだが、城戸はパジャマ姿のままだ。病人らしい格好でいろ、とリィーンが命じるので仕方なく、そのままウロウロしている。もう、勘弁してくださいと何度も頼むのに、それさえも当主は楽しそうに撥ね付ける。
「もう、諦めろ、リッキー。リィーンの言い分はもっともだ。医者の立場から言わせてもらうなら、安静第一の患者だよ。ずいぶん、無理していたんじゃないのか? 葛から聞いている限りでは、年中無休で飛び回ってたそうじゃないか。スタッフみんなで、いつか倒れるだろうって冷や冷やしてたんだ。ここらで休養したほうが身の為だ。」
多賀はそう言って、城戸の肩を叩いた。誰もが受けた衝撃だったが、一番強かったのは城戸であろうと、スタッフはわかっていた。ほとんど溺愛状態だった城戸が、突然に亡くしてしまったものは代わりがない。葛やDGが心配して何度も連絡をとろうとしたが、相手は定期連絡以外は受け付けない状態だったので、五年も野放しになっていた。やっと、現われてくれたので多賀は安堵しているのだ。
「少しは俺等が心配していたことも考えろ。これからは、ちゃんと葛が手綱を締めると言ってたぞ。」