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りんみや 陸風1

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あまり進まない足を無理に動かして、ヘリポートから屋敷への道を進む。何度も通い慣れた道なのに、五年ばかりご無沙汰していた。もう、来ることもないと思っていたが、ユキに頼まれたことが頭から離れなくて、ようやく重い腰を上げたのだ。
 当人のユキは自分の死期を悟っていたようで、亡くなる少し前に自分にこう告げた。
「俺は、そう長くは保たないから、生まれた子供を成人するまでは守ってやれそうにない・・・だから、りっちゃん、俺の子供のことお願いするね。たまに顔を見にいって説教してやってくれよ。きっと、俺に似て我が侭でやんちゃなはずだから・・・」
 きっと、喜ぶよ、と微笑んだ顔が、とても儚げで白かった。その時は、体調を崩したから祖父母の別荘で療養していた時だ。おそらくは、もう回復はしないと本人は知っていたのだ。それから、程なく訃報が届いた。亡くなったときも、仕事で地球の反対側にいたから、死に目にも逢えず、最後の別れも出来ずじまいだった。当人の希望で誰にも報せなかったらしい。だから、祖父母以外には実際に亡くなったユキと対面していないし、何も残していかなかった。あるのは、自分の私室に残っているユキの私物だけだ。それさえも、ほとんどユキが整理したらしく多くはない。こういう結果は誰もが予測していたのに、実際にはあまりにも呆気無く終わってしまった。屋敷で緩やかに閉じていく生命を見守ることになると誰もが思っていたからだ。自分だって、そのつもりで、仕事をいつでも放り出せるように自分の専属スタッフを配置していた。アメリカで倒れて、そのまま亡くなってしまうとは思いもしなかった。ただテレックスに印された文字だけでは納得できなかったから、今だにユキが死んだことを認められない。
 あまりにも思い出の多い屋敷が、目の前に姿を現わした。ぱたりと勝手に足が止まった。まだ、気分的には亡くなったことは認められずに居る。あの屋敷から、ユキが今にも飛び出してきてくれそうな気がする。そう思って佇んでいると、本当に誰かが玄関から飛び出してきた。小さな子供だ。あれが忘れ形見か・・・・と、ぼんやりと眺めていた。確か、まだ五歳にもなっていないはずだ。どういうわけが一目散に自分に向かって走ってくる。近付いて顔が、はっきりとわかって愕然とした。よく似た面差しのやさしい顔だ。ユキと同じように走ってくるのに、ユキは喜んで迎えてくれたが、子供は泣きそうな顔でやって来た。自分の足に縋り付いた子供のために腰を落とした。視線を合わせる。すると、子供は自分の頬を両手で挟んで、しっかりと眼を見た。
「泣かないで、りっちゃん・・・みあまで悲しくなっちゃうから・・・」
 泣いてなどいないのに、子供はそう言って、自分の首に抱きついた。それもユキと同じように自分を呼ぶのだ。どうして、りっちゃんなんだろう・・・と思うだけで、子供は、「りっちゃんはパパにそう呼ばれていたでしょ? だから、りっちゃんなの。」と、答えをくれる。それで、この子もそうなんだな、と分かった。内心の嘆きを察知されてしまったらしい。ゆっくりと手は解かれて、またじっと自分の顔を凝視した。
「りっちゃんはびょーきになってるね。みあとたっちゃんのとこに行こう。みあ、一緒にいってあげる。」
「はあ?」
 聞き返している私の手を取って玄関に歩き出す。病気って? なんのことだろう。別に苦しいことも痛いこともないし、体調は悪くない。
「だめ、だめ・・・りっちゃんはわからないだけ。ものすごくびょーきよ。」
 無理に引きずられて玄関に入った。そこで、リィーンは待っていた。
「やあ、やっと、お出ましかい? みあがね、すごく悲しんでいる人が来たって、飛び出したから城戸くんだろうと思ってたよ。」
 以前と変わらぬ穏やかで静かな表情で、屋敷の当主は挨拶の手を差し出した。ご無沙汰していますと握手して頭を下げた。
「・・・ユキから頼まれていたのに、なかなか逢いに来なくて申し訳ありません。」
「いや、いいんだよ。似ているだろ? 女の子は男親に似るっていうけど、瓜ふたつなんだ。美しく愛されると書いて、みあという名前だ。うちの鳥頭にしては、いいネーミングだろ?」
 ふたりは眼下の子供に目をやる。リィーンは、その子供の頭をやさしく撫でた。肩先で切り揃えられたストレートの黒髪は、まるで市松人形のようにスラリと伸びている。
「ちょうど、このくらいだよ。俺が鳥頭を拾ったのは・・・あれはよく泣いたが、美愛はあまり泣かない子でね。性格は真理子譲りみたいだ。そのせいか、能力も引き継いでいて、ものすごく強い・・・」
 リィーンが何か目配せすると、子供は私が病気だから多賀に診せたほうがよいと説明した。ああ、そうかい・・と当主は肩を揺らしている。
「さあ、りっちゃん、行こう。・・・もう泣かないでね、りっちゃん。みあがずっと傍に居るから・・・・パパみたいにみあもりっちゃんが大好きよ。りっちゃんはあったかくて、とても気持ちがいいの。」
 その言葉に懐かしいというよりも失ってしまったのだと実感した。ユキと初めて逢った時も同じ事を言われて面食らったのだ。城戸さんは暖かくて落ち着く波動だと、ユキも最初から懐いてくれた。同じ顔で語られているのに、それはまったく別の人間なのだ。そんなことを考えていると突然に目の前が切り替わった。そこはユキの離れだった。何もかも以前のままに置かれている。自分のなかで何かが弾けて、いきなり闇に落込んでしまった。その後は暗やみのなかだ。

 バカ、と叱責する声で、意識が戻った。かわいい声が、なにやら反論している。うまく理解できなくて、何を言われているのかわからないが子供が誰かと言い争っている様子だ。ゆっくりと、眼を開けると見慣れた天上が見えた。そして、次に子供の顔が飛び込んできた。大丈夫? と小首を傾げている。
「おい、リッキー・・・大丈夫か? 」
 子供の背後から、多賀が顔を見せた。ぼんやりとして黙っていると、コツンと子供の頭を叩いた。
「言わんこっちゃない。・・・一般人をいきなり瞬間移動なんかさせるからショックで倒れるんだ。そんなことばかりしていると足がなくなって知らないぞ。」
「うるさい、たっちゃん・・・・りっちゃんはもう歩けなかったんだもん。ねぇ、りっちゃん・・・大丈夫? ごめんね、びっくりしたの?」
 人の話をきけ、と背後で多賀が怒鳴っているのに、子供はお構いなしだ。多賀の様子がユキにしていたのと同じでおかしかった。あいかわらず、ぶっきらぼうに接している。小さな女の子だというのに手をあげているところを見ると、子供のほうは一筋縄ではいかない悪ガキであるらしい。ゆっくりと起き上がって、多賀に手を差し出した。久しぶり、と挨拶して辺りを見回した。そこは、自分が滞在中に使っていた部屋だった。
「ああ、久しぶり・・・大丈夫か? リッキー。このクソガキが、いきなりリッキーを俺の居た離れまで跳ばしたんだ。・・・こいつはとしちゃんより質が悪い。予告なしにいきなりやりやがるから、誰もが一度は目を回すんだ。」
「じゃあ、ここまで運んでくれたのか? タガー。」
作品名:りんみや 陸風1 作家名:篠義