落ち椿【02】
アストの姉というだけあってリフェリアは彼によく似ていた。いや、彼が姉に似ているのだろうが誰が見ても姉弟だと一目見て分かるほどだ。灯華はリフェリアに案内されるがままに邸の中へと入った。領主の邸というものにはじめて入るがイメージとしては領民を苛め贅の限りを尽くしごってごての煌びやかなものだと思っていたが、ここはそうではなく落ち着いた品のある雰囲気を漂わせている。人柄にもそれが現れているようで、共に歩きながら話すだけで心が落ち着いてきた。
「それにしても大変ですね巫女姫様も。このような辺境まで足を運ばれるとは」
「まぁ・・・せっかっく守りきった国ですしね。色々と見て周りたいと思ったので。それに、この国の事無知でいると多分面倒な事になりそうだと思って」
灯華の言葉は半分は本当で半分は建前だった。闇の精霊とやらを消滅させてこの地に残ると決めたい以上、灯華に課せられた立場は巫女姫。やもすれば王すら凌駕しかねない権力と地位を自動的に更新したのでその力の使いどころというものを自分ではっきりと自覚しておきたかった。今の所無条件で信じられるのは王と王妃と巫女守の騎士たちだけだ。その他の大臣、領主は誰が味方でだれが敵やもわからない。そのため見聞を広めるために各地を周りたい――というのは建前で、それを理由にしてクロイツェル領へとやってきたのだ。道すがら他の領地にも回ってきたが、領主への謁見はすべて留まった宿屋でほんの短時間だけ行いその邸まで足を運ぶことはなかった。腹に一物抱えたような人物は灯華に張り付いている精霊達がそれとなく教えてくれるので誰が味方か敵かはすぐに分かり必要がなかったのだ。だが、そのような事はしらないリフェリアは灯華を自ら案内し数日滞在する予定の二階の部屋へと案内してくれた。
「巫女姫様、どうぞこのお部屋をお使い下さい」
「かわいい!すっごくかわいいお部屋ですね!」
「気にいってくださったのならとても嬉しいですわ。お客様なんて久しぶりだから邸の者が皆はりきってしまって」
灯華が通された部屋は乙女の夢を集めたような部屋となっていた。おちついたクリーム色を基本にしながらさりげなくもふんだんにレースをあしらったゴシック基調の部屋はかわいいもの好きな灯華にはたまらないもので、色々と部屋の中をみてまわった。窓兼テラスへと繋がるガラス扉には鍵がかかっていなかったので許可を貰い外に出てみると、そこからの眺めもまた素晴らしかった。
「メリアの花が一面。すごい」
「私の好きな花なので庭師が丹精こめて育ててくれているのです。ああ、手を振ってる彼等がそうですよ」
赤いメリアの花の間から手をふる者達が見え隣に立ったリフェリアが手を振り替えしてやると庭師たちは尚一層大きく手を振ってきた。
優しい人だ。部屋で休息を取った後、夕餉の場で話をしながら灯華は幾度となくそれを思った。灯華に対する気遣いもそうだが、邸の者達ひとりひとりに対しても気遣いをみせる姿にこれが貴族の成せるものなのかと目を見張った。普段王城で暮らしている以上幾度か貴族と面を合わせたことがあるが使役している者に対する扱いは皆一様に酷いものだった。対する使用人達もそれがあたりまえと受け入れ、おおいに戸惑ったものだ。だがここでは主は使用人に対し、使用人は主に対し共に情を厚く持っている。でなければ、常に灯華の周りを漂っている精霊達がうれしそうにリフェリアの周りに集まるはずがない。
「トモカ様?どうかされましたか?」
「いえ。ほんとリフェリア様とアスト様は良く似てらっしゃるなぁと」
「二人して母似なもので。私の母が存命の頃は三人並ぶと面白かったらしいですよ」
邸を案内してもらった時母親とリフェリアとアスト三人が並んだ肖像画を見せてもらった。今よりも若い、むしろ幼い二人とその間に挟まれたリフェリアに良く似た人。二人のようにとても優しく穏やかな人だったであろう事がそれからもにじみ出ていた。だがもう一人、父と思われる人の絵だけはどこをみてもなかった。
「リフェリア様、明日街をみてまわりたいのですが宜しいですか?」
「ええ。誰か案内のものをつけましょう。男性と女性どちらがよろしいですか?」
「だったら女性が。あのー・・・できればなんですが、同じぐらいの年頃の人が居れば嬉しいのですが」
「いいですよ。街をめぐるなら年が近い者と楽しく回ったほうがいいですものね」
本当ならリフェリアと一緒に行きたいという願いは寸での所でオルフェに言われた事を思い出し言い繕う事が出来た。もし言ったとしても気を害した様子は見せずただ断られただけだろう。
謀反といわれる戦が終って七年。彼女は王都から此方に戻ってきて一度もこの邸の外を出る事はなかったというのだ。
九年前にはじまり七年前に終ったという戦は酷く後味の悪いものだったという。オルフェの父親、前王の弟が急に継承権を主張し後に反乱軍とされる革命軍を起こしそれにリフェリアの父、クロイツェル卿が追随したのだ。それまで前王とその弟の仲は良く継承権など一度も主張した事のなかったというのに急な変貌ぶりに皆困惑をしていた。更に実直で知られ領民にも慕われていたクロイツェル卿が幼馴染とはいえ、前王の陣営に付くとは誰も思っていなかった。クロイツェル家といえば“精霊のいとし子”の名を冠する国でも指折りの精霊使いを幾人も排出し、現にアストも騎士でありながら非常に優秀な精霊使いでもある。その父である卿も国では右に出るものの居ない精霊使いであった事から戦力差があったにも関わらず、戦は二年という期間持ちこたえる事になった。その戦いには当時は皇太子であったオルフェ、その当時には皇太子付きの近衛隊だったアストも国軍として出陣していた。父は父の道を選んだのだから、とアストは自らの信念に従い己の主を守るために父、そして反乱軍側に付いたリフェリアとも剣を交える事となったのだ。父親と実姉と刃を交える事に疑惑や悲哀を見出す者達は声を潜めながらも幾つもの噂を流したが、彼等はそのどれにも反応する事はなかった。
街は行き道に感じたとおりどこか閑散としていた。人が居ないわけではないが、王都やここまでの道すがら寄ってきた街に比べてすごく寂しく感じてしまう。赤い煉瓦で造られた街並みは暗いわけではない、だがどこか寂しい街なのだ。人々に元気が無いのかといえば、別段そうと感じるわけではないのにこの寂しさは一体どこからくるのだろうと辺りをきょろきょろと見回していたら、ふと自分の肩にとまった精霊をみた。すると彼(彼女?)ははらはらと涙を零していた。あれ、と周りをもうすこしじっくり見てみると時折みつける精霊達は皆一様に暗かったり、涙を流しているのだ。王都から灯華にくっついてきていた精霊達もいつの間にか皆一様にしょんぼりと肩を落としている。これが原因かと分かったが、言葉の通じる大精霊が居ない今なぜ精霊たちがこんなにも凹んだ顔をみせるのか灯華には分からなかった。
「トモカ様、あの店に寄ってもよろしいでしょうか?」
「んーいいよいいよ。何のお店?」
「文具を売っているお店です。リフェリア様がペン先がもう潰れてしまったとおっしゃっていたので」
「それにしても大変ですね巫女姫様も。このような辺境まで足を運ばれるとは」
「まぁ・・・せっかっく守りきった国ですしね。色々と見て周りたいと思ったので。それに、この国の事無知でいると多分面倒な事になりそうだと思って」
灯華の言葉は半分は本当で半分は建前だった。闇の精霊とやらを消滅させてこの地に残ると決めたい以上、灯華に課せられた立場は巫女姫。やもすれば王すら凌駕しかねない権力と地位を自動的に更新したのでその力の使いどころというものを自分ではっきりと自覚しておきたかった。今の所無条件で信じられるのは王と王妃と巫女守の騎士たちだけだ。その他の大臣、領主は誰が味方でだれが敵やもわからない。そのため見聞を広めるために各地を周りたい――というのは建前で、それを理由にしてクロイツェル領へとやってきたのだ。道すがら他の領地にも回ってきたが、領主への謁見はすべて留まった宿屋でほんの短時間だけ行いその邸まで足を運ぶことはなかった。腹に一物抱えたような人物は灯華に張り付いている精霊達がそれとなく教えてくれるので誰が味方か敵かはすぐに分かり必要がなかったのだ。だが、そのような事はしらないリフェリアは灯華を自ら案内し数日滞在する予定の二階の部屋へと案内してくれた。
「巫女姫様、どうぞこのお部屋をお使い下さい」
「かわいい!すっごくかわいいお部屋ですね!」
「気にいってくださったのならとても嬉しいですわ。お客様なんて久しぶりだから邸の者が皆はりきってしまって」
灯華が通された部屋は乙女の夢を集めたような部屋となっていた。おちついたクリーム色を基本にしながらさりげなくもふんだんにレースをあしらったゴシック基調の部屋はかわいいもの好きな灯華にはたまらないもので、色々と部屋の中をみてまわった。窓兼テラスへと繋がるガラス扉には鍵がかかっていなかったので許可を貰い外に出てみると、そこからの眺めもまた素晴らしかった。
「メリアの花が一面。すごい」
「私の好きな花なので庭師が丹精こめて育ててくれているのです。ああ、手を振ってる彼等がそうですよ」
赤いメリアの花の間から手をふる者達が見え隣に立ったリフェリアが手を振り替えしてやると庭師たちは尚一層大きく手を振ってきた。
優しい人だ。部屋で休息を取った後、夕餉の場で話をしながら灯華は幾度となくそれを思った。灯華に対する気遣いもそうだが、邸の者達ひとりひとりに対しても気遣いをみせる姿にこれが貴族の成せるものなのかと目を見張った。普段王城で暮らしている以上幾度か貴族と面を合わせたことがあるが使役している者に対する扱いは皆一様に酷いものだった。対する使用人達もそれがあたりまえと受け入れ、おおいに戸惑ったものだ。だがここでは主は使用人に対し、使用人は主に対し共に情を厚く持っている。でなければ、常に灯華の周りを漂っている精霊達がうれしそうにリフェリアの周りに集まるはずがない。
「トモカ様?どうかされましたか?」
「いえ。ほんとリフェリア様とアスト様は良く似てらっしゃるなぁと」
「二人して母似なもので。私の母が存命の頃は三人並ぶと面白かったらしいですよ」
邸を案内してもらった時母親とリフェリアとアスト三人が並んだ肖像画を見せてもらった。今よりも若い、むしろ幼い二人とその間に挟まれたリフェリアに良く似た人。二人のようにとても優しく穏やかな人だったであろう事がそれからもにじみ出ていた。だがもう一人、父と思われる人の絵だけはどこをみてもなかった。
「リフェリア様、明日街をみてまわりたいのですが宜しいですか?」
「ええ。誰か案内のものをつけましょう。男性と女性どちらがよろしいですか?」
「だったら女性が。あのー・・・できればなんですが、同じぐらいの年頃の人が居れば嬉しいのですが」
「いいですよ。街をめぐるなら年が近い者と楽しく回ったほうがいいですものね」
本当ならリフェリアと一緒に行きたいという願いは寸での所でオルフェに言われた事を思い出し言い繕う事が出来た。もし言ったとしても気を害した様子は見せずただ断られただけだろう。
謀反といわれる戦が終って七年。彼女は王都から此方に戻ってきて一度もこの邸の外を出る事はなかったというのだ。
九年前にはじまり七年前に終ったという戦は酷く後味の悪いものだったという。オルフェの父親、前王の弟が急に継承権を主張し後に反乱軍とされる革命軍を起こしそれにリフェリアの父、クロイツェル卿が追随したのだ。それまで前王とその弟の仲は良く継承権など一度も主張した事のなかったというのに急な変貌ぶりに皆困惑をしていた。更に実直で知られ領民にも慕われていたクロイツェル卿が幼馴染とはいえ、前王の陣営に付くとは誰も思っていなかった。クロイツェル家といえば“精霊のいとし子”の名を冠する国でも指折りの精霊使いを幾人も排出し、現にアストも騎士でありながら非常に優秀な精霊使いでもある。その父である卿も国では右に出るものの居ない精霊使いであった事から戦力差があったにも関わらず、戦は二年という期間持ちこたえる事になった。その戦いには当時は皇太子であったオルフェ、その当時には皇太子付きの近衛隊だったアストも国軍として出陣していた。父は父の道を選んだのだから、とアストは自らの信念に従い己の主を守るために父、そして反乱軍側に付いたリフェリアとも剣を交える事となったのだ。父親と実姉と刃を交える事に疑惑や悲哀を見出す者達は声を潜めながらも幾つもの噂を流したが、彼等はそのどれにも反応する事はなかった。
街は行き道に感じたとおりどこか閑散としていた。人が居ないわけではないが、王都やここまでの道すがら寄ってきた街に比べてすごく寂しく感じてしまう。赤い煉瓦で造られた街並みは暗いわけではない、だがどこか寂しい街なのだ。人々に元気が無いのかといえば、別段そうと感じるわけではないのにこの寂しさは一体どこからくるのだろうと辺りをきょろきょろと見回していたら、ふと自分の肩にとまった精霊をみた。すると彼(彼女?)ははらはらと涙を零していた。あれ、と周りをもうすこしじっくり見てみると時折みつける精霊達は皆一様に暗かったり、涙を流しているのだ。王都から灯華にくっついてきていた精霊達もいつの間にか皆一様にしょんぼりと肩を落としている。これが原因かと分かったが、言葉の通じる大精霊が居ない今なぜ精霊たちがこんなにも凹んだ顔をみせるのか灯華には分からなかった。
「トモカ様、あの店に寄ってもよろしいでしょうか?」
「んーいいよいいよ。何のお店?」
「文具を売っているお店です。リフェリア様がペン先がもう潰れてしまったとおっしゃっていたので」