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女神

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 マリアは宗一に背を向け、服を脱ぎ始めた。すると宗一は背後から抱き締めた。
「だめよ、まだ」と言ってその手の甲を叩いた。尚もその手を離さないので、少し厳めしい声で言った。
「その手をすぐに離さないなら、私は出て行くわよ」
 宗一は手を離し、ベッドに腰掛けた。
「妻は昨日、家を出た」と呟くように言った。
「奥さんの話はしない約束よ」
「そうだった……僕が言いたいのは、僕にはもう君しかいないということだよ」
 下着だけになったマリアは椅子に腰を下ろした。
「こっちを見て、宗一」
 美しい裸体があった。
「君は女神で、僕はシモベだ」と言って宗一はその手に接吻した。
「心が無いの、宗一、あなたはいつもそうよ」と言ってその頬を軽く叩いた。そうすることによって却って男の心は燃えることをマリアは知っていた。
下着姿で椅子に腰掛けたマリアの瞳は笑っている。
「君は女神だ」と何度も呟きながらマリアの頬に、瞳に、鼻に、耳たぶに接吻をした。
「くすぐったいわ、宗一」
 彼はマリアを抱き上げ、ベッドに放り投げた。そして、自分の身をその傍らに横たえ、下着を剥がし、乳房を吸い、我身をマリアに重ねる。身を焼き尽くす情熱に任せる宗一を時々冷やかに彼女が見つめていることは知らない。
 宗一は欲望の嵐が収まると、その疲れた身をマリアから離して、傍らに投げた。尚も、未練がましくマリアの乳房をまさぐっていた。
「私も独りよ、あなたも独り、お互い自由に生きましょう。宗一、いいでしょう。さあ、分かったなら、わたしにキスをして」
 宗一は言われるままにキスをした。

 晶子は長野の実家に帰った。
 山間の小さな街にあっただ。宗一と出会ったところでもある。故郷に戻ればいつか宗一は連れ戻しに来る、と母は慰めてくれたが、いっこうにその気配がない。そればかりが、週刊誌を読む限り、二人の関係はますます深まっていくようにみえた。
 晶子はいっそのこと死のうとも考えた。また、母の言う通りに、いつしか宗一が自分を迎えに来る場面も想像したりもした。
時が無為に過ぎていった。しまいには、『どうってことはないわ、何もかも忘れてやり直そう』と晶子は何度も心の中に呟く。いや、そう思えば思うほど却って宗一との日々のことが思い出てしまっていた。
『復讐してやろう!』とある日、ふと閃いた。どんなふうにして、自分の苦しい思いをあの二人に思い知らせるか、そればかりを考えようになった。
 憎しみはその愛が深ければその分深くなる。彼女はもはやよりを戻すことは考えなかった。あるのは憎しみのみである。自分の青春の全てを宗一に捧げてきた。神様だって十三年という歳月は戻すことはできない。この悔しい思いをマリアに、宗一に知らしめければならない。そうしなれば、わたしは死ぬことさえできない。あの人にマリアがかけがいのないなら、それを殺してしまおう。そしてその嘆き悲しむ顔を見て自分を死のう……
「どうしたの、晶子?」と母親が言った。
「何でもないわ。ただ冬の青空はこんなに綺麗だったかなって眺めていたの」
「それならいいけど」
「明日、東京に行くは、心配しないで、お友達に会いにいくだけだから」

 次の日の夜、晶子はマンションに入口の路地裏で待っていた。冬の冷たい風が吹いていた。彼女の長い髪が乱れた。
最初に帰ってきたのは、マリアであった。暫くすると、部屋の明かりがついた。晶子はそれを確認すると、マンションに入り、部屋のドアに手を当てた。鍵はかかっていなかった。気づかれぬように静かに開けた。マリアは着替えをしていた。
「宗一?」
「残念だけど、違うわ。それにしても綺麗な体ね」と背後から小声で話しかけた。
「誰?」
「誰でもいいでしょう」といった晶子の手には包丁があった。
「人違いじゃないの」
「いいえ、あなたよ。吉川マリア」
 マリアは悲鳴をあげる暇もなく、その胸を貫かれた。
 宗一は珍しく酔ってマンションに入った。
「マリア、俺だ、宗一だ」とドアを叩いた。
ドアを開けたのは、晶子だった。
「お帰りなさい、あなた」
 宗一はいっぺんに酔いがさめた。
「マリアさんなら、ベッドで待っているわよ」と言って含み笑いをした。
 宗一が部屋に入り、見たのは包丁でメッタ切りにきざまれたマリアであった。
「これでいいのよ、あなた。あなたも私も自由になれる」と呟き、晶子はその身に包丁を当てた。




作品名:女神 作家名:楡井英夫