ファントム・サイバー
その答えはあたしの中で出なくなってしまっていた。前だったら、すぐに罪って声を大にして言えたのに、なんかわけわかんなくなっちゃった。
それよりも今大切なこと……ファントム・メア。
あたし独りの力じゃどうにもならないのはわかってる。
もぉわかった、こうなったらちょっと考えを吹っ切ったほうがいいよね、うん。
「あなたと協力します。まずはファントム・メアの居場所を突き止めましょう」
信じたとか、信じないとか、そういうことじゃなくて、今のあたしには大狼君の力が必要。ただそれだけ。
サイバースコープの奥の瞳は見えない。けど、その下で大狼君の口は微笑んでいた。
「ありがとう」
まさか『ありがとう』なんて言葉が出るなんて、ちょっとビックリしちゃった。
うわぁ〜、なんかまた本当は悪い人じゃないんじゃないかって、そういう気持ちが強くなっちゃったじゃん。信じない、まだ信用したわけじゃないから。
もっとあたしが冷静にね、そう、物事を進めればいいんだよね。
「ファントム・メアの居場所を突き止める方法はある?」
「ファントム・メアは、このサイバーワールドでは存在が認識されない筈だ。道化に扮していたファントム・ローズがそうだった」
「だったら探す手がかりが掴めないってこと?」
「機械的には感知できないが、目で見ることも触れることもできる。存在しているが、存在していない、それが彼らの本質だ」
「だから探す手がかりないんでしょ?」
「ある」
そこを早く言ってよね。
あたしは大狼君の次の言葉に耳を傾けた。
「透明な物体は、その周りを算出することにより求められる」
それって算数ですか、それとも数学でしょうか?
言ってることはなんとなくわかるんだけど、どうやって計算したらいいのかとか……数学得意じゃないからわかんない。
「ああ、なるほどねぇー。ファントム・メアの居場所はあなたに任せたから、ガンバッて!」
ガッツポーズをしてあたしは大狼君を激励した。わかってるフリしたケド、ぜんぜんわかんないから、大狼君に全部任せることにした。
大狼君はあたしに背を向けて、デスクトップパソコンに身体を向けた。キーボードをちょっと叩いてパソコンが起動したところ見ると、スタンバイ状態で待機させてたみたい。
左手でキーボードを叩く横で、右手は見えないキーボードを宙で叩いてるみたい。たぶん、デスクトップと、サイバースコープに映ってるほうを同時進行でやってるんだと思う。
……この人アホだ。
パソコンをデスクに複数置いてる人はたまにいるけど、二つのキーボードを同時打つ人はいないと思う。……やっぱりアホだ。
手を休めた大狼君が回転椅子を回転されてこっちを向いた。
「行くぞ」
「えっ、もうわかっちゃったの?」
「それほど遠くではなかったようだ」
さっさと部屋を出て行っちゃ大狼君。そのあとをあたしは小走りで追った。
《3》
大狼君の運転するスポーツカーに乗って街を走った。運転しながらずっと、ドロップ食べてる。
助手席から見る街の様子。騒がしくて、何か様子がおかしいように感じる。
信号待ちで車が止まったので、あたしはじーっと外の様子を見ることができた。
……あっ!
人が弾け飛んだ。人自身が弾け飛んだんじゃなくて、まるで着ていた服が弾け飛んだみたいに爆発して、その中から別人が現れたの。
あっちでは身体がドロドロに溶けて、中から別人が出てきた人がいる。
もしかして、ネット上の自分が崩壊してるの?
あっちでは美少女が男の人に変わってる。
大狼君も街の異変に気付いたみたい。
「世界のバランスが崩れはじめているようだな」
「みんな化けの皮が剥がされていく。ネカマをやっていた人は、男だって正体がバレるし、みんなが付いていたウソが全部バレちゃう」
「まさかファントム・メアの仕業なのか?」
「……わからない」
でもタイミング的に、何か関わりがあるって考えるのが普通だと思う。
ケド、もし本当にこれがファントム・メアのしたことだったとして、何の目的なの?
ネットの匿名性がなくなる。キャラクターを演じることができなくなる。それってネット社会の崩壊を意味してるような気がする。
発進した車の前に、突然?ゴースト?飛び出してきた。まだ走り出して間もなかったから、ぶつからずに済んだけどハズなのに……?ゴースト?は地面に蹲って動かない。
大狼君はギアをチェンジしてバックしようとした。ケド、間に合わない。
半透明だった?ゴースト?が明確化して、怪物に変化してしまった。毛の生えた獣人みたいな姿。車のフロント飛び乗ってきて、長い爪と鋭い牙であたしたちに襲い掛かってきた。
再び大狼君はギアをチェンジして、物凄いスピードで車は前に走り出した。
バランスを崩された獣人がフロントガラスに激突した。そのまま獣人はフロントから転げ落ちて、アスファルトの地面に激突して遥か後方。
「なんだったの?」
あたしは驚いて声をあげた。
「さてな、私たちに敵意があったことは確かだ」
窓の外を見ると、?ゴースト?たちが次々と怪物に変身していくのが見えた。さっきみたいな獣人だけじゃない、ドロドロのスライムみたいな奴とか、巨大な怪鳥みたいのとか、昆虫みたいな奴まで……怪獣大百科状態。
「でも、どうして?ゴースト?たちが……?」
「彼らはこの世界では存在が弱い。あの状態から別のモノに変われる可能性がいくつもある。加工し易い分、マテリアルとして最適なのだよ」
そういえば……黒い狼団のアジトであたしが見た奇怪な実験みたいなこと。?ゴースト?から戦闘員を作っていた。
大狼君がサイドミラーを見た。
「後ろからバイクの列が追ってくる」
あたしは開いた窓から身を乗り出して後ろを覗いた。
赤いハチマキをした戦闘員を先頭に、黒い狼団の戦闘員がバイクに乗って追いかけてきてる。
「あなたが呼んだの?」
尋ねると大狼君はアクセルを踏みながら言う。
「奴等の様子は明らかに可笑しい」
バイクに乗った戦闘員は電磁ロッドを振り回し、あたしたちを威嚇しているようだった。
二人乗りしてる後ろの奴がバズーカを構えた。
危険を叫ぶよりも早くバズーカは撃たれ、あたしたちの乗った車の真横をすり抜けて、対向車線を走っていたトラックに当たって大爆発を起こした。
ハンドルを急に切った車内が揺れた。
「運転を代われ」
あたしは大狼君の言葉に耳を疑った。
「はぁ?」
「運転くらいできるだろう」
「車の免許なんて持ってるわけないじゃん。だって実年齢十六歳だよ?」
「レースゲームくらいやったことあるだろう。この世界の運転などその程度だ」
「本当? ゲームとかちょー得意だケド」
こう見えてもあたしゲーム大好きなの。コンシューマーからアーケードまで、ゲーセンに月にどれくらいつぎ込んでることか……。
何かもう大狼君ってば無理やりあたしに運転を代わらせて、窓から這い出して屋根に登ろうとしてるし!
仕方なくあたしは運転を代わって、ハンドルをしっかり持ってアクセルを踏んだ。
車が急に大きく蛇行した。
「しっかり運転しろ!」
作品名:ファントム・サイバー 作家名:秋月あきら(秋月瑛)